山をひらくように場所をつくる|vol.1 ロバート下北沢オーナー・原 大輔|ロバートくんとディープな仲間たち
コワーキングスペース・ロバート下北沢に関わる人たちをピックアップしていく連載『ロバートくんとディープな仲間たち』。連載第1回目は、ロバート下北沢のオーナー・原 大輔に話を聞きました。ロバート下北沢をはじめた理由。ここでみてみたい風景について。場所とは? 働くこととは?(文:李生美)
いま、必要なのは「余白」
ーなぜコワーキングスペースをはじめたんですか?
原 うーん。便宜上、コワーキングスペースって言ってるけど、実際はコワーキングスペースなのか?って思ってる。
ーコワーキングスペースをつくりたかったわけじゃなかったと。笑
原 そう。コワーキングスペースっていうよりも、場所をつくりたかった。
働くってことに対して、だいぶ考え方が変わりはじめていて。今までは生産性とか効率化を追求してきたけど、これからの時代は、どれだけ自分の中に余白をつくっていくのかが大事だと思う。余白っていうのは、何もしないわけじゃなくて、自分との対話の時間。過去を振り返ったり、未来をみつめたり。そういう時間が、ものすごく大事。
ロバート下北沢でも「働きながらあそぶ」「あそびながら働く」って掲げてるんだけど、仕事で根を詰めるだけじゃなくて、ちょっとサボってみたりする。そういう余白をつくりながら、いろんな人と交わって、共鳴しあっていけば、よりクリエイティブを発揮できるんじゃないかな。そのための場所なんだよね。
ーチルルームとかまさに余白。
原 あってもなくてもいいような場所って、すごく大事で。部屋の空きスペースの広さで、気の持ちようが変わってくるというか。いびきをかかなければ寝てもいいし、寝っ転がって漫画を読んでもいいし。最低限のルールさえ守ってくれれば、なんでもあり。俺たちはただここをひらいてるだけ。
創造性は身体性にあり
ー今の時代、なんでもオンライン上で完結できるようになっていて、どこでもネットさえあれば誰とでも繋がれるし、本来場所が持つ意味がだんだんなくなっている気がします。そんな時代に、あえて場所をつくった意味を教えてください。
原 やっぱり人って、相手の目を見て、人と人との間にある圧を感じて、この人は自分に合う人だ、この人はそうじゃないかもって判断していく部分があると思う。フィーリングというか。それって直接会わないと絶対に分からないものなんだよね。画面上は、バイアスがかかっちゃってるから。
ーそうですね。画面上だと、言葉をただの言葉としてしか受け取れないというか。その周辺に漂ってるものって受け取りづらいと思います。
原 そこの部分がすごく重要で。人の温かさとか冷たさみたいなものは、デジタルだと消されちゃう。デジタルって0か1でしょ。俺は0.5っていうことを大事にしたいな。
ーひらけた場所で仕事する時って、周りのものに影響されたりしますよね。音とか、人の気配とか。本棚を見てるだけでアイディアが浮かんできたり。それって、家にひとりで閉じこもってるだけじゃ得られないと思うんです。そういう意味で、ひらけた場所っていうのは必要だと感じます。
原 何かの本で読んだんだけど、会社って、意識を周りからシャットダウンしちゃうんだって。自分だけの閉鎖的な空間になっちゃうの。だから、なんの情報も入ってこない。
ーなるほど。自分だけで完結する空間に入ると、思考の飛躍がなくなると思います。相手の思考とか言葉にふれることで、自分の中でも反応が起きると思うんですけど、デジタル化で人と直接会わなくなった今、それが起きづらくなっているのかなと。体ごと場所を移動することで、考えが広がったりもするし。
原 それはすごく大事だね。デジタルってものすごく効率がよくなるんだけど、身体的な部分を失っちゃう。それは人間性を失うってことでもあるし、創造的じゃなくなるんだよね。創造的な場所をつくりたかったっていうのが答えかな。
九州での挫折
ー九州でもカフェ「Fountain Mountain」という“場所”を作ってましたよね。
原 佐賀県の有田町でうちの親父のふるさとなんだけど、俺も小さい頃に過ごしてたから、親しみ深い街だったのね。でも、有田も他の地方と一緒で、高齢化や経済の流れが変わって、だんだん縮小していってる。有田は焼き物が有名で、すごくクリエイティブなところなんだよね。それはどんなに時代が変わっても、本質的には変わらないところでさ。そこに新たな風を吹かせることはできないかなと考えて、場所をひらいたの。
そこで、毒を盛りたかった。
ー毒ですか!?
原 刺激を入れたいなと。有田は400年も昔から続いてすごく発展してきたけど、その裏にはいろんな淀みもあって。昔は商人さんたちが外から情報を持ち帰ってきて、焼き物に反映していた歴史があるんだけど、今は昔ほど焼き物の売り上げも上がらなくなってきた。担い手の高齢化問題もあったり。それでだんだん閉じはじめてきて、情報も入らなくなってきたから、外からの刺激も薄くなってきていたんだよね。そこに、静かな水面にぽーんと雫をたらした時みたいな波紋を作りたかったの。
でも3年間 「Fountain Mountain」を運営してみて、ここはその地域に住まう人とか、そこで営みをしてる人たちのものなんだなって思った。俺もその街の血はひいてるけど、東京と行ったり来たりしてるから敵わないわけよ。地域の繋がりとか、そこで育った人しか分からないものがどうしてもあって、思いっきり飛び込めなかった。だから、この人たちのセンスなら信じられるって思う地元の人たちにこの場所を譲った。有田は俺のルーツだから、なんとかしたいとはいまだに思ってるけど、俺は東京で暮らしてるし…。いろいろともどかしさがあったよね。
ーそれで東京に戻ってきて、下北沢に場所を作ろうと。
原 ロバート下北沢の場所は、もともとデザイン事務所であるうちの会社があったんだけど、会社の引越しでこの場所が空いて。駅から徒歩1分だし、手放すのはもったいないじゃない。九州でやってきたこと、やれなかったことにもう一度挑戦してもいいかなと思って、せっかくだから自分たちで場所をつくってみようと。
下北沢の街が、ロバートの原型
ー下北沢にはもともと思い入れがあったんですか?
原 若い頃から遊んでたのもあるし、好きな街なんだよね。本多劇場っていう下北沢を象徴する場所があるんだけど、そこには表現者がたくさん集まってくる。そこをつくった本多さんは、下北沢に演劇を持ち込んで、お店を営んで食えない役者さんたちを食わせたりしてたの。表現者って、最初からなかなか食えるものでもないし。彼らを大人や先輩たちが助けながら、若者が表現できる場所として築いてきた。ロバート下北沢でも、“まだ何者にもなってない、でもやる気はある”っていう人たちを後押ししたいと思ってるんだよね。
ー下北沢でのそういう文脈があっての、ロバート下北沢誕生だったんですね。
原 やっぱり若い人の考え方が、一番正しいと思うからね。
ーYoung is King!
原 まさにそうで。年を重ねていくうちに、自分たち年上の方が正しいと思いがちだけど、実際は若い人たちの方が正しい。生物学的にも新しいものが生まれて古くなったものが消えていくでしょ? 新陳代謝ってやつ。何かを表現したい、つくりたいって人たちがこの場所に集まって、あーでもないこーでもないってやってる風景を見られたらいいな。
ー原さんも20代のころ、仲間たちと集まって、あーでもないこーでもないってやってきた体験があるんですよね。
原 そう。ちょうど28歳の頃、仕事で知り合った仲間たちと代々木に8畳ほどのぼろアパートを借りて。そこに10人くらいが出入りして、いろいろつくったりダラダラしてた。いわゆる溜まり場だね。そこから富ヶ谷のマンションに移って、フリーのフォトグラファーや編集者、スタイリスト、デザイナーたちが集まって「スチーム」って集団ができあがった。お金はないけど希望はあった。インテリア雑誌1冊まるまるを、自分たちで企画をたてて、いろんな人たちが集まってつくってた。喧々諤々してたし、言い争うこともあったけど、それは自分たちの考え方をぶつけ合ってたんだよね。誰かが食えなくてもお互いに仕事を回してたし、みんながいることで、情報が入ってきてたんだよね。人が集まることで、熱量が集まって、何かをつくるっていう爆発力が生まれた。それが俺の中の“原風景”。いまの自分は「スチーム」で作られたっていう想いがあったから、ロバート下北沢でもそれを再現したい気持ちがあるのかも。
ー人がいないと考えもぶつけられないし、爆発力も生まれない。人と人とが出会う醍醐味ってそこなんですね。
原 相手の目を見て喋るとか、相手を感じて考えたり動いたりするのはすごく大事で。ロバート下北沢には、まだ何者にもなっていない、野生の人たちに来てほしいね。飼いならされてなくて、ざらざらしてて。ここに来ることによって、研磨されていくというか。より尖っててもいいし、ざらざらのままでもいいし、丸くなっててもかまわないと思う。なんの気なしに挨拶して仲良くなったりするじゃん。特にこどもとか。大人になったらそういう機会は減っていくけど、ここがそういう出会いの場になればいいな。それで、「俺、曲つくるから、これに絵をつけて映像つくろうよ」とか。文章書けるやつとデザインできるやつが出会って1冊の本をつくるとか。いまのロバート下北沢の料金設定はちょっと高いかもしれないけど、やる気があったり、こういうことをしたいっていう意志があれば応援するし、ぜんぜん安くしてかまわない。
ここは、山みたいなところ
ー今っていくらでも自分で発信できる時代だけど、何かしたいけど、どこかでくすぶってる人たちもいたりして。そういう人たちの居場所になればいいですね。
原 お寺をひらくとか、山をひらくみたいに、そこに迷える人たちが来て、自分をみつめる場所になってもいいんじゃないかって思う。俺も「スチーム」があったから自分が救われたし、何年もこの世界で生きてこられてるのは、あの原風景があったからなんだよね。
この場所は、ただ、ここにあるだけ。山だとそこに鳥とか獣とか寄ってきて、木の実を食べたりするでしょ。でも、山は自然だから、時として寄ってきたやつらを殺すかもしれない。やつらが、自分たちはどういう風に生きていきたいかを真剣に考えないといけない。山に自分を委ねちゃうと、山津波とか災害がおきたときに全員死んじゃう可能性がある。だから、自分の頭で考えて、自分の足で立ちたいって人に、来てほしいな。
原 大輔
はら・だいすけ。1970年 長崎県生まれ。1992 年明治大学卒業 1997年 フリーのグラフィックデザイナーとして活動。2006年 株式会社スロウとして法人化。2016年 九州・有田にカフェ「Fountain Mountain」オープン。2020年 東京・下北沢にコワーキングスペース「ロバート下北沢」を設立。エディトリアル、広告、webなどをデザインのみならず、企画から携わっている。
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