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1.旅人であるぼくが、家を建てることになった理由。

家を建て替えることにした。

今住んでいる家はぼくの父が作った家。横浜の丘の上の一軒家。駅までは行きは5分、帰りはかなり急な坂を登らなければならないので頑張って8分。酒が入っていると12分前後。敷地面積は115坪。家の面積は75坪。そう、一般的に言うとかなりデカイ家である。

ぼくが小さい頃はあまり大きくない平屋の日本家屋で、ジェーン台風が襲ってきたときは家ごと吹き飛ばされそうになった。風が唸り声を上げる中、親父とぼくとで玄関のドアを懸命に抑えたのを覚えている。

でも、父のキャリアが向上するとともに家は何度かの建て替えと増築を経て、60年ほど前に今のデカイ家に落ち着いた。ホームバーにマントルピース付きの暖炉が二つ、世界中から集められたお面が壁を飾り、まあまあのサイズの庭と二階には大きなベランダ。

親父はよく会社の同僚や後輩たちを家に招いてはホームバーでシェーカーを振ってカクテルを作り、クリスマスには近所の人々も呼んで盛大なパーティーを開いた。

そんな親父も30年ほど前に母と離婚して家を去り、16年前に88歳で亡くなった。家を受け継いだ眼科医の母はゴルゴ13という真っ黒なシェパードを飼い(ゴルゴが亡くなった後はバグースという小柴が家にやって来た)、夜にはリビングでイーゼルに向かって絵を描いた。

ぼくは大学を卒業するとともに海外へ旅立ち、オーストラリアのシドニーで長く暮らした後、41歳の時に日本に帰国。家の二階の客人用の和室に落ち着き、ゴルゴの散歩を手伝い、親しい仲間を招いては家でパーティーを開いた。画家やフリーのフォトグラファーや旅人や南国の島で真珠取りをやっている奴など、変わり者の友達ばかりだったが、母は彼らと冗談を言い合い、酒を酌み交わし、深夜になると雀卓を囲んで勝負した。

そのうち、ぼくは今の妻のリコと出会い、二階の和室でしばらく暮らした後、彼女の妊娠とともに家の真向かいにあるマンションを購入してそこへ引っ越した。ちょうどぼくのラジオのDJの仕事が忙しくなり、本も何冊か出版した頃である。

マンションでの暮らしは快適で、母もよく遊びに来ては食事を共にしたが、娘のエアが10歳になった頃、高齢になった母と再び暮らすためにマンションを人に貸し、実家に戻った。

高齢といっても母は元気そのもので、眼科医を引退してからも絵を描いては個展を開き、週に一回は麻雀に勤しみ、友人と海外を旅し、パソコンとダンスと手品のレッスンに通い、精力的に余生を謳歌していた。

でも、そんなスーパーウーマンの母も病に倒れ、短い闘病生活の末、一昨年、93歳で他界した。

「思い切って家を立て替えようか?」妻とぼくがそんな言葉を交わしたのは8ヶ月ほど前のこと。

この家はぼくの思い出の詰まった家で、それなりに愛着は感じているが、なんせ60年前に作られたお年寄り。旅から帰国した頃から感じていたのだが、冬は寒いし夏は暑く、埃は溜まるし雨漏りはするし、換気は悪いし外の音はガンガン中に入ってくるわで、住む環境としては最悪。

ぼくは今まで、世界の至るところでオンボロアパートからシェアハウス、マンション、ペントハウス、一軒家などで暮らし、シドニーでは三階建のテラスハウスを購入してそこでの生活を楽しんできたが、住み心地の悪さで言ったら実家は大学時代に暮らした東大久保抜弁天のオンボロアパートに次いで堂々の第2位。

それに加えて母が亡くなって以来、家はどんどんと衰えを加速し、天井のプラスターは剥がれて落ちる、バスルームには1日2匹の割合でナメクジが出没するようになり、最近の大雨の後には玄関の横の壁からキノコが生えていた。

このサルマタケを見たときは妻と二人で大笑いしたが、いよいよこの家も静かに身を引きたいんだなと痛感し、家を建て直す決心に至った。

あれから8ヶ月、ぼくたちは様々なハウスメーカーや建築家とトークを重ね、先月、あるハウスメーカーと契約を交わした。これから数ヶ月は間取りや施工、キッチンやバスルームなどの内装、外観や外構などの細かい打ち合わせを重ね、今年(2020年)の終わりか来年の初めには古屋の解体、そして新居の着工を開始する予定である。

そんなわけで、この「家づくり日誌」ではここまでに至る8ヶ月の学びと発見の道のり、そして新居が出来上がるまでのこれからの一年余りの過程をつぶさに綴りながら、別れを告げようとしているこの古家の思い出や、今まで暮らしてきた様々な住処についても語りながら、住み心地の良い家、思い出に残る家、人を幸せにしてくれる家とは一体どんなところなのかといったことを自分なりに追求していきたいと思う。

これが人の役に立つ読み物になるかどうかは分からないが、ぼくのこの家作りの冒険の記録をほんの少しでも楽しんでいただければいいなと思う。

追伸 そうそう、三回に一回ぐらいの割合でぼくの妻の家作りに関するエッセイも掲載しますので、そちらの方も楽しんでくださいね。エッセイを書くというのは彼女にとっては初めての試みなので、お手柔らかにお願いします。

 


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