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虐待や不登校や不眠症や薬物依存の子供がプロ占い師の幸せな男になるまでの話(仮) #5

ただ俺は、まだ父の姿に尊敬の念を抱いていたと思う
スーツでバシッとキメて仕事の夜の会合などに出かけていく父の姿はカッコよかった
ちょっとした憧れがあった

そのため大人になった今では家にスーツが7着ほどある
特に気に入っているのは金ボタンのダブルのスーツだ
そういった服の趣味や、酒好きな所、ディベートや演説が得意な所は父親に似ることになった
だが気持ちは大きく矛盾していた
尊敬はあれど酷く憎んでいたし、何より、憎めば自己を正当化できたからだ
あの人のせい、あいつが悪い
心の中で「慰謝料だ」と言えば、夜更けに父の財布から金を抜く事に罪悪感を抱かなかった
あるのはバレて叱られる時の恐怖だけだ
これで好きなものを買えて、復讐にもなる、効率的だとさえ思った。


自分以外の好きな生き物は飼っている黒いラブラドールレトリバーだけだった
あの子はとても優しい子だった、いつも怯えて泣いている俺のそばにいてくれた
母が俺を叱りつけている時は、わざと母にじゃれ付いて俺を守ってくれた
犬は好きだ、表情がいい、素直で悲しい時はちゃんと悲しい顔をするし誤魔化しもなく、可愛い

猫も好きだがアレルギーが酷かった、高学年になったある日、クラスメイトの女子が捨て猫の入った段ボールを自宅の引き出しに匿っていたのがバレて、我が家でも一匹引き取って育てる事になったが
それから毎日、目が痒く咳もくしゃみも止まらない生活が始まった
風呂場で毎日、長時間シャワーから出るお湯を当てながら目を擦り続けた
睡眠不足と擦った時の傷の色素沈着で目の下にはいつも酷いクマが浮かんでいたが

母と次男は特に喜び、まさに猫可愛がりの状態だった
愛犬は嫉妬と寂しさから、ため息をついて猫から遠ざかる事が多かった
俺や俺の愛犬より猫の方が大事、それが家族の総意だった

思えばもっと幼少期に、キャンプ場で懐いてきた野良猫と遊んだ時に酷い風邪のような症状が出て寝込んだことがあった
だが母は俺のことなどどうでもよく、猫が可愛い、そう思うだけ
さらには千景は虚弱体質だという間違った見解まで持つ事になった

この世で最も愚かなことは、頭が悪いことでも無知なことでもなく
物事を都合よく解釈し、ありのままの眼前の現実を見ない事だと思う。


小学5年生か6年生の頃、将来の夢を絵と一緒に描く課題を授業でやることになった
俺はしたい事などゲームしかなかった為、仕事に対しては興味もなかった

低・中学年の頃は何となく「普通にスーツを着て普通に就職して、父さんの会社とは違う会社でサラリーマンになったりするんだろうな」と
そうボンヤリと考えていたが高学年には変わっていた
「こんな俺が普通の仕事なんてできるわけない」と言う気持ちになっていた

その課題は自分で好きな色を塗っていいと言われ渡されたタマゴの絵と、横に自分の夢と似顔絵と描くと言うものだった
夢なんて一度も見た事はなかったのでささやかな希望を書いた

「給料は少なくてもいいから、落ち着いた生活ができる様になりたい」
と将来の夢を書き
隣のタマゴの絵には黒に、赤と紫や青や黄色をボーダー状に塗った黒いタマゴを描いた
周囲のクラスメイトはみな笑顔の自分とカラフルで綺麗なタマゴを描いている中でだ

今思えば、自分の描いたその“黒いタマゴ”はちゃんと孵化したのだと思う

なぜなら彼の、当時の千景の“将来の夢”は、形はどうあれ叶えることが出来たのだから。


小学校に在学していた間は人間の悪意と理不尽とその厭らしさに失望する日々だった
生まれた時には1万ポイントほどはあったであろう、人間への“信頼”や“好感”は減点式に少なくなっていた

一つ上の男の先輩とさっきまで楽しげ談笑して歩いていたかと思うと、カーブして坂になっている道から急に突き飛ばされた
どこか頭でもおかしいのか、初めからこういった嫌がらせをしたいほど嫌われていたのかは知らないが
突き落とされた先は壊れた家電やゴミ、そして折れたビニール傘が捨てられている溝のような場所だった
もし傘の骨が俺の体に突き刺さっていたら笑いごとじゃないレベルのことを犯したその先輩は
落ちた衝撃で立ち上がれない俺をよそに大笑いしながら去って行った

理不尽、なんという理不尽、理由もわからないままに、こんな事は絶対に間違っている、そう思った

他にも、どこかのゲームセンターのメダルを学校から自宅まで転がして帰る一人遊びをしているとき
面識の無い上級生の女子二人が道の先を歩いていた、そろそろ家に着く、半分くらいまでは来れたぞ、と嬉しくなっている時
コインが勢いよく前に転がり、女子生徒はそれを拾い上げた、そしてわざと道の側溝に捨てたのだ

またか、何の迷惑もかけていなくても、また悪意か、また嫌がらせか…

女子生徒を無視して俺は側溝の鉄柵を掴み、無理やり持ち上げコインを拾った
その女子生徒達はキャーキャーとふざけながら嘲るように笑って走って逃げていった

この世界は俺を憎んでいる、そう思う様になっていた。


いよいよ小学校を卒業する、だが特にそこに関して思い出も感慨もない
ただ考えていたのは、中学に上がったら
「もうケンカはやめよう、ガキのする事だ」
「遅刻もやめよう、それもガキのすることだ」それだけ
真面目に生きようと思った
いい仕切り直しだと、思っていたのに。

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