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生物死すとも生命は死なず~「生物はなぜ死ぬのか」

日本の夏は死を喚起する。
それは、盆の時期でもあり、終戦の時期でもあり、御巣鷹山でもあり。
そんな夏を前に、書店で見つけたストレートなタイトルの本。
「生物はなぜ死ぬのか」

死生観が一変する

と帯には書いてあるがさてさて。

著者は、ことごとに生物が進化に則っていることを強調している。

生き物の不思議な謎を解くカギは「進化が生き物を作った」という事実です。地球に存在する生き物は全て、進化の結果できたものです。

そして、進化とは合目的的なものではなく、あくまで選択された結果であることを繰り返し述べている。

生き物によって違いはありますが、このような死に方は、生き残るために進化していく過程で「選択された」ものだということは共通しています。つまり、いま生き残っている生き物たちにおいては、その「死に方」でさえも何らかの意味があったからこそ、存在しているはずなのです。

そのスタンスにとって、生きることとは何か、そして死ぬにもいろいろなパタンがあることなどを示していっている。

結論としてこのように述べている。

生き物にとって死とは、進化、つまり「変化」と「選択」を実現するためにあります。「死ぬ」ことで生物は誕生し、進化し、生き残ってくることができたのです。

人間は幸か不幸か感情、特に共感という能力を持たされているため、個々の死に対してとても情緒的になっているが、そもそも死とは連綿と続く生命のバトンタッチなのだ。
人間の知恵は限りがあるため、どうしても一人ひとりの命にしか目がいかない。それは一人一人に寄り添い心を通い合わせるという良い面も多いのだが、近視眼的になり環境破壊といった大きな問題に対する感度を鈍らせることにもつながっているのだと思う。

38億年も前、奇跡的に動き始めた化学反応いわゆる代謝のサイクルが、未だに途切れずに自分を動かし続けているということに思いを馳せたら、少しはおセンチな気分にならないだろうか。
人類みな兄弟、なんて古い言葉と思うかもしれないが、否定しがたい真理であることに気づかされ世界もまた違った見え方がするのではないか。

死生観というより、生命に対する見方は少し変わるかもしれない。ま、同じことか。
SDGsという言葉に訳も分からず追随する前に、一読するのも良いのではないかと感じる良書であった。

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