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芸術家と職人のはざま~橋本忍「複眼の映像」

昨年、テレビで黒澤明の映画製作に関するドキュメンタリを見て、その脚本を務めた橋本忍という人のことを知った。
それで興味を持ち、彼の自伝である「複眼の映像」を読んでみた。

ここで言う「複眼」とは、共同脚本スタイルのこと。
黒澤はその多くの作品の脚本を、自身を含めた複数人で作りあげるという方法を採っている。時代により、組む脚本家は変わって行っているが、橋本は「羅生門」「生きる」「七人の侍」といった代表作に携わったという意味で、黒澤組脚本家の筆頭と言っても過言ではない。

共同脚本といっても、パート毎に担当を割り振るケース、原案担当・ライティング担当という具合に分けるケースなど様々考えられるが、黒澤組は基本的には全員がライティングしていたという。それでここに読み比べをし、より良い部分を採用していくというものだ。

黒澤組の共同脚本とは、同一シーンを複数の人間がそれぞれの眼(複眼)で書き、それらを編集し、混声合唱の脚本を作り上げるーそれが黒澤作品の最大の特質なのである。

しかし、脚本家たちもそれぞれがプロである。
また時間と予算のかかることで有名であった黒澤作品、商業面での制約も出てくることは必然だった。
この贅沢な方法はそう長くは続けられなかったという。

また橋本はこうも言っている。

黒澤明は芸術家になったために失敗したのである。

これは特に「影武者」以降の作品を指してのことだ。
たしかに黒澤映画の代表作というと、橋本が携わったあたりの作品の名前があがることが多いように思う。
映画が娯楽の王様であり、黒澤が「芸術家」ではなく「職人」でいられた頃の作品が、最も充実していたということだろうか。

映画を作ることの大変さが具体的に垣間見られた一冊であった。

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