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誘惑について/ピチカート・ファイヴ Temptation Talk / Pizzicato Five

バブル華やかかりし頃、エムザ有明でライブを見た。
ウオーターフロントとか言って湾岸開発で賑やかになってなんだかみんな浮かれていたころだ。
誰のライブかは忘れてしまったが、特に興味を持つようなアーティストではなかったのだろうか。
ブラックのファンキーな演奏だった記憶だけ残っている。
当時はもう帰郷して、結婚して、子供もいたので東京に来ることが久しぶりだった。
その日は知り合いのF子さんの結婚式だった。
目黒のこじんまりした教会で式を挙げた。
夫婦ともども招待されたので上の子供を連れてS県から上京してきたのだ。
田舎では専用の結婚式場を借りて親族が大勢で結婚披露宴を派手におこなうものなので、この質素でシンプルでシックな結婚式はとても都会的で素敵だった。
教会が用意してくれたであろうオルガンの演奏と讃美歌の歌唱が上手だったのもあって清廉な結婚式にピッタリだった。
新郎と新婦それぞれ10人づつぐらいの参列で会場の教会には幸福が満ちていた。

結婚式のあと、夜の街に繰り出そうということになって、話題のエムザに向かったのだった。
F子さんと俺の妻の姉、F子さんの数人の友人。
俺はすでに田舎の人になっていたのであまり乗り気はしなかったが、話のタネに付いていくことにした。
あれ?子供はどうしたのかな?覚えていない。
妻が見ていてくれたのだろうか。

東京に住んでいた時代は電車とバスと徒歩での移動だったので、道路事情は全く分からず、首都高を車で走るというのは田舎者にとってはなかなかのハードルの高さだった。
F子さんに道案内してもらい、緊張しながら湾岸高速を走った。
少し長い直線の道路になると、ようやくきれいな夜景を見ながら走ることができた。
車のカーステレオから流れる曲と夜の高速の照明とビル群の灯りが相まって、久しぶりに都会らしさを感じていた。

一緒に車に乗っていたF子さんが尋ねてきた。
「この曲なんていう人?日本人だよね。日本語だもんね」
「ピチカート・ファイヴ」俺は答える。
「ふ~ん。すごくいいね」
「この前のアルバムはA&Mレコードのポップスを再現したような感じだったけど、今回のはフィリーソウルっぽい感じだよ」と説明する俺。
「そうなんだ、私も買って聴いてみよ」
流れていく夜景の光が尾を引いているように見えた。



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