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時間に余裕があるときほどやる気が起きなくなる現象に名前をつけたい

最近は、バイト中に「今日のエッセイはどんなことを書こうか」と考えることが増えた。

この発言により、バイトを疎かにしているかのような働きぶりが露呈されたわけだが、一つ弁解を。
人気のない場所でひたすら落ち葉を集めている(それも一人で黙々と)わけだから、それくらいは許してほしい。

そして、以前noteに書いた「時間のあるときにエッセイのストックを作り置きする」旨の発言については、弁解の余地はまったくない。誠にかたじけない。
つい最近まで本業のとある案件に四苦八苦しており、書きたいことが増えても書く余裕がなかったのだ。
その案件はひと段落ついたので、現在は精神的にも時間的にも余裕ができた。

ところが、だ。

余裕ができたからといって、「じゃあエッセイ書きまくるぞ!」とはならなかった。

なぜだ。なぜなんだ。

この感覚には覚えがある。
公務員時代、仕事や職員組合の活動がめちゃくちゃ忙しかった頃、たまの休みに何も予定が入っていないと手持ち無沙汰になることがあった。
バタバタしている最中は「あー!ゲームしたい!」とか「あー!飲みに行きたい!」とかいろいろな煩悩が湧き出たものだが、いざ時間ができたらはたと鳴りを潜めてしまったのだ。

どういうシステム?


ここで一つの仮説を立ててみた。
「やる気は活動時に起きる」説だ。

わかりやすく、人間の状態をアクティブリラックスの2つに分類して考えてみる。

活動時、つまり忙しいときは、アクティブ状態になる。
アクティブ状態になると、集中力が高まり、目の前の作業がスイスイ進んでいく。
そして、その集中力はある程度持続し、別の行動にも影響を及ぼす。

一方、仕事から家に帰ってきたときなどは、体が休息を求めるようになる。
これがリラックス状態。
リラックス状態下では、心身ともに脱力するので、活動的にはならない(いわゆる「腰が重い」状態)。

つまり、やる気が起きないのは、リラックス状態だから。
何かしら動いているときにあれもこれもと活発になるのは、アクティブ状態だから。
という説。
まぁ、とっくに誰かが提唱してるんだろうけど。

この説に則れば、今の僕はリラックス状態(またはそれに近い状態)だから、noteを書くのも億劫なのだと。
要は、めんどくさいってわけだ。なーんだ、いつものことじゃん。


しかし、リラックス状態は悪いことではなく、むしろ自然なことと言える。
人の集中力などたかが知れているし、ずっとアクティブ状態だと消耗しっ放しで危険だ。バランス良くアクティブとリラックスを繰り返さなければ、どこかでガタが来る。

そう考えると、適度なリラックスは絶対的に必要なものだろう。正念場はあれど、ずっとアクティブでは肉体も精神も持つはずがないし、無理をして倒れてしまっては本末転倒である。
休息も大切な仕事だと肝に銘じておきたい。


それにしても、だ。
自分の見事な怠惰っぷりに嫌気が差すのもまた事実。
その辺をうまく切り替えられる人が大成するんだろうなぁ。世界のショーヘイ・オータニみたいに。


なんか良い話っぽくまとめたかったけど、無理だった。
そういうところだぞ。

とりあえず今日はこのくらいにして、ストック作りは次の休日にやろう。
やるやる。本当にやる。うん、やるやる。


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