見出し画像

大人になれない僕たちは 第10話 タイトルのない人生

 僕には、二つの選択肢がある。親に反発する人生か、親のコネに甘えて生きていく人生。僕は、後者を選んで生きてきた。

 子は親を選べない。そんなことを言うと、周りは僕に嫌悪感を抱く。そりゃそうだ。父親は、勝ち組と言われる部類で大手広告会社に勤めていて、周りからは僕も、父親の一部としてカテゴライズされている。

 反発を試みた時期もある。幼いながらに、父親とは違う人生を歩もうとあがいてみたりもした。けれど、そんな行動は無意味で、僕はすぐにすねかじりで生きていく道にシフトチェンジした。我ながら、いい選択だったと思っている。

「そんなことないですよ」

 僕は、この言葉が嫌いだ。相手を褒めてみると、8割の人は大抵こうやって謙遜したふりをする。僕は、意地が悪い。そんなことはない、と言われたら、そうですね、じゃあ僕が間違っていました、と言うことにしている。大抵の人はムッとした表情に変わる。
 
 人間はどうしても面倒な生き物だ。僕は、自意識過剰な人間は嫌いではない。嫌いなのは、自意識過剰ではないふりをする、そんな人間だ。ムッとした人達は皆、あなたが一番だと人の口から言わせたい。そんな人間の思い通りにはなりたくないと、僕は、馬鹿なふりをして、そんな人たちを茶化してきた。

 愛嬌がある、なんて言葉を言われると、こいつも僕の罠にハマってしまった愚か者だと思う。愛嬌なんて誰が作った言葉なのか。それは、群れの中で生き抜いていくために手に入れた武器のようなものだ。相手を虜にしてしまえば、もうその群れの中では勝ったも同然なのだ。

 ー僕はそうやって生きてきた。

「金城君は、何でここにいるんです?お父様の会社に入ればよかったのに」

 お前に何が分かる、という怒りは、とうの昔に置いてきた。与えられたキャンパスに、与えられた絵の具で描く未来が、僕にはあった。

 ー僕はそうやって生きてきた。


 最近、僕の悪い癖が出た。理由はわからない。後悔はしていないつもりだ。僕は、与えられたキャンパスや道具を手放し、絵の具から自分で揃えてみたくなった。幼いあの頃のように。

 今の僕の仕事はバラエティー制作のアシスタントだ。この仕事もコネ入社だと皆は言う。でも、僕は正規で今の会社を受けた。もちろん親には内緒だ。もし、そこに忖度みたいなものがあったとしたら、それはもう、僕がどうすることも出来ないことで、僕に出来るのは、その事実を事実として受け入れることくらいだ。

 勝手に決めた就職は、父の反感を少なからず買ってしまた。どうしてそんなことをしたのか、それは、反発に似た感情なのかもしれないと気がついたのは、つい最近のことだ。

「金城さんの息子さんと仕事が出来て光栄です」

 ここでも、僕は親の呪縛からは逃れられない。

「お前はいいよなぁ、安泰で」

 恵まれた人生に共感はない。じゃあ、恵まれた人生とは何なのか。周りに聞いても、それはお前の人生だと笑われた。答えを教えてくれる人間は、今のところいない。不遇な時代、不運な運命、それを乗り越えて手にしたものこそが素晴らしくて美しい。人が好むのは、決まってそういった物語だ。


 ー僕の人生のタイトルはない。

 僕は僕なのだとバンドマンのように歌ってみても、きっと日常は変わらない。変わるのは多少のマインドで、そのマインドも、油断するとすぐに後戻りする。

 答えを見つけることに疲れている。検索しても、辞書を開いても答えなんて見つからない。人生なんてそんなものだと、そう思うことでしか、もう前には進めなくなっている。消えてしまえば、楽なのだろうか。例え今、消えてしまっても、きっと親の金で盛大な葬式が執り行われるだけだ。
 感動を押し付ける物語の主人公にさえ、僕はなれない。

 ー僕の人生にタイトルなんてない。

 ー僕はそうやって生きていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?