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誰かと繋がりたかった夜の話

誰かと繋がりたくて、わたしはベランダに出た。
ベランダに出なくなった今、そう思いました。

わたしはまごうことなき夜型です。
昔からそう、朝はまったく起きられず
なんならよく昼寝もして、夜は元気に動き出す。
それは歳を重ねた今もあまり変わらない。

夜はマイナスな考えになりやすい、と聞きます。
冷房やかすかな衣擦れの音しか聞こえない暗い
部屋は、確かにそう感じさせやすい。
考えても答えの出ないこと、例えばこれからのことや生死観など、夜に考えてしまうとまあ止まらない。
なんともいえない負のループに迷い込み、あーーー!っと声を上げて飛び起きてしまうことがたまに、ありました。

夜は好きでしたが、こうして入り組んだ道に迷い込むと、一生拭いきれない恐怖と不安に取り憑かれてしまったようで気が狂いそうになった。

ひとりぼっちの部屋、毛布に包まり出口を探す
けれど、行けども行けどもあたりは暗闇。
沈んだ思考から逃げ出せない、でもまわりに
助けてくれる人は誰もいない。


そんな夜はよくベランダで過ごしていました。


わたしが暮らしていた家は、海のそばにあるアパートメントの5階。
右を向けばショッピングモールの看板と真新しい住宅街があり、左を向けば潮の匂いがしました。

窓際にコーヒーを置いてイヤホンで音楽を鳴らし、柵にもたれかかってひたすらに外を眺める。
そうして眠れない夜の時間を過ごす。

遠くのネオンが消えて、酔っ払った若者がふらふらと歩道を歩き、仕事終わりだろう疲れ切った女性が車から降りてくる。

向かいのアパートではオレンジ色のひかりを背に、男女がワイングラスを手にして空を眺める。

そんな景色をぼんやりと眺めながら、
わたしに関わりのない遠い誰かの生活を想う。

その誰かは、どこかで同じように喜んだり悩んだりしながら、日々を生きている。

手の届かない有名人も、長く会っていない好きだった人も、毎日明るくてキラキラしている先輩もみんな同じ、何かを抱えて何かに悩んで、どうしようもなくてもそれでも毎日生きている。

言葉を交わしたわけでもない、名前も知らない誰かも、同じ空の下できっとそう思っている。

ただの妄想と言われてしまえばそれまでなのだけど、目には見えないこの”誰か”はわたしをひどく安心させました。



今思うと、ひとりで暮らしていたわたしが、誰かの存在を感じられる場所、それがベランダだったのでしょう。

別に一人暮らしが寂しかったわけでもない。
なんなら一人は好きなほう、家族の反対を押し切って半ば無理やり一人暮らしを始めたたちです。

それでも、どろり、粘ついた思考に取り憑かれ、おかしくなりそうな夜は誰かの存在を感じたくなる。
だから、近くに見える誰かを、遠くにいるだろう誰かの存在を感じようとする。
ひとりではないのだと、思い込みたくなる。


ひとは一人では生きていけない。
わかっている、当たり前のことだけど、あの頃のわたしはひとりで暮らしていて、自分の力で生活を成り立たせなくてはいけなかったわけで。
ひとりで生きるのだと、生きていかなければならないのだと、無意識に考えていたと思います。

それなのに、大人と言われる年齢で、答えの出ないようなどうしようもないことでおかしくなりそう、だなんて言えるはずもありませんでした。
自分で望んで今の環境を作り上げたのだから、なおさら。
恥ずかしくて情けなくて、助けて、なんて到底言葉に出来ませんでした。

こんなとき、SNSなどを使うことが多いのでしょうが、わたしはそれらの類に疎かったため、インターネットにも逃げ場がありませんでした。

だから、ベランダで名前も知らない誰かに救いを求めました。
人生で一度も言葉を交わすことはないし、軽蔑されることも嫌われることもない。
これからの関係がないとわかっているから、無駄に高いプライドを捨てて、どうか今だけでも繋がっていて欲しい、助けて欲しいと手を伸ばせたのだと思います。

ひとりで暮らしたあの期間、色々な人に助けてもらったと思っていますが、わたしのこころの闇のような部分に寄り添ってくれたのは家族でも友達でもなく、ベランダから繋がる誰かの存在でした。

結婚したことでわたしは新しい家に引っ越して、
ベランダは前より見晴らしが良く、広くなりました。
生活ががらっと変わり、慌ただしく過ぎる毎日のなかでひとりで暗闇を歩く夜は減り、そうしてわたしはベランダに出なくなりました。

今日久しぶりにベランダに出て、
誰かと繋がりたかったあのときのわたしを想う。

今でも、どうにもならないことで辛くなったり、大声で叫び出したくなることがあります。
夫には言えない、近くにいるからこそ言えないことがこれから先また増えてくるかもしれません。

そうして、どうにもならなくなったら
わたしはまたベランダに立つと思います。
どこかの誰かに繋がりを求めて。

ひとりじゃないんだなあ、と思えたあの時間は
わたしに力をくれたと思うから。

ベランダから空を通して、
今日はこのnoteも通して、
遠い誰かと繋がって、
ひとりじゃないと前を向いて。
明日もまた、生きていけますように。




誰かと繋がりたかった夜の話



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