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「ダサいものは悪」という呪い【おしゃ呪解vol.6】

こんにちは。服装心理カウンセラー・スタイリストの久野梨沙です。
あなたに巻き付くファッションへの思い込み・・・「おしゃれの呪い」をばっさばさと解いていくこの企画、略して「おしゃ呪解」。
企画趣旨はこちら

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昔から、よくあることではあります。
ある特定のファッションアイテムを取り上げて
「ダサい」
「こんなものを着ているor持っているのはおかしい」
「アパレルはなんでこんなもの作るんだ」
みたいな議論。

つい先日もそんなツイートが盛り上がっているのを目にして、「ダサい」ものに攻撃せずにはいられない心理についてつらつらと思いを馳せていました。

そもそも「ダサい」とは何なのか

だいたいこういうときの「ダサい」の論拠は、トレンドです。トレンドやファッションアイテムにはサイクルがあり、初期にアーリーアダプターが飛びつき、やがてマスに広がっていって、誰も彼もが持っているようになった頃に飽きが来て違うトレンドへ。そうすると、これまで流行っていた物が途端に「ダサく」見えてトレンドアイテムという扱いから外れていく・・・・・・という流れです。

しかし、「サイクル」という言葉からわかる通り、トレンドは再び戻ってきます。おしゃれに関心を持ちつつある程度長い期間を生きてきた人なら「あんなにダサいって言われてた服がまた流行った!」って驚いたことが必ずあるはずです。
例えば今のビッグシルエットなコーデ。今はみんなこぞって着てるけど、5年後には今の写真を、耳まで真っ赤にしながら見返すことになると思います。

※ちなみに「ダサい」という論拠にはもう一つ「コーディネートとして調和が取れていないから」というものがありますが、これはあくまでコーデに対してなされる評価で、今回取り上げているようなファッションアイテム単体に対しての論拠にはなりえないので、割愛します。

「ダサい」服は存在する意味がないのか

「ダサい」は時代で変わる。絶対評価ではなく相対評価である。

そもそも、トレンドの服を着ていればおしゃれに思われて有益であるという環境は、実はそこまで多くはありません。トレンドアイテムなんか着ていなくたって、清潔感のある服装をしていれば好印象は得られるという環境はとても多い。

さらに、トレンド的には「ダサい」とされるアイテムも、着る本人に似合っていると、時流に乗っていない違和感よりも本人との調和の方が勝って素敵に見える、というのもよくあること。

さらにさらに、「人からどう思われようといいんだよ私は好きな服着るんだよ好きな服がたまたま流行してなかっただけなんだよ」って人には、その「ダサい」っていう評価自体、何の意味もなしません。好きなんだもん。以上。

ですから私がスタイリストとしてアイテムを選ぶときには、一面的な角度からだけでの評価である「ダサい」だけを重要視することはまずありません。服を選ぶときの基準は「お客様にとって利益をもたらすものであるか」の一点のみ。
ここでいう利益って言うのはわかりやすく経済的な利益(コスパが良いとか、仕事を有利にするイメージ戦略の実現とか)もありますし、心理的な利益もありますね。好きなものを着たときのほくほく感とか、似合っているものを着たときの自信とか。

何が一番の利益になるかはお客様によって違うので、それを知ることが初めのステップ。

こういうスタンスでパーソナルスタイリングを続けて14年。結論は「ファッションに捨てるところなし」。あらゆるデザインの服が、どこかで誰かに必要とされている。そんな服と人をマッチングさせる仕事の楽しさと言ったら!

ですから誰かが「ダサい」と斬って捨てた服も、誰かにとって必要な服です。これは感情論ではなく、現実にそう。じゃなかったら売ってないですよね。

「ダサいものは売らないで欲しい」という感情

でもまぁ、人が何を着ても自由なように、人が何をダサいと思おうが、これも自由なわけです。心の中は自由。

なんだけど、それを声高に叫ばずにいられない心情。それも「ダサい服は悪」「ダサい服は売らないで欲しい」みたいな強い言葉にまでなっているのを見るとちょっと気になります。

ねぇねぇ、どうしてそんなに「ダサい」ものが憎いの。

しかし、ダサい服が「怖い」といった表現は、パーソナルスタイリングのお客様からよく聞きます。「自分が、知らずにダサい服を買ってしまっているんじゃないかと怖い」のような表現。

もしかすると、これが煮詰まっていくと「ダサいって言われるような服を売らないでくれ」「ダサい服が憎い」にヒートアップしていくのかも知れません。だとすればその憎しみは、本当は、ダサい服そのものではなく、「ダサいと評価する人」に向けられたものであるはずです。

だから、気づいて欲しい。何かの服を「ダサい」と断じることで、自分自身も、「勝手にダサいと評価する人」になってしまっているということに。いやむしろ、ダサいという評価を「受ける」側から「下す」側になることで、安心感を得たいのかも知れない。でも、その先にあるのは地獄だよ。

自分の好きなものを肯定するために、他者の推しを貶める必要はありません。「みんな違ってみんないい!」を、ファッションでもっと実感して欲しいなって、また、気持ちを新たにしています。

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