天井裏へ垂直避難せよ
「避難が間に合わない時は、自宅や周辺の建物の二階以上に垂直避難を。」
テレビがそう言っている。
熊本、鹿児島などで川が氾濫して大変なことになっているのだ。
我が和歌山県だって、いつこうなってもおかしくない。
濁流の映像を見ながら夕飯を食べていると、父がおもむろに言った。
「うちの場合は、天井裏に避難やな。りょうちゃん(=私です)の部屋から行けるよ。」
「えっ??天井裏???そんなものあったの?!」
「知らんかった? あとで行ってみる? 窓は無いけど。」
「えっ?うーん…。まあ、やめとくわ。」
その間、母は無反応。
夕飯を食べ終わった私は、まだテレビを見ている両親を残し、さっさと自分の部屋に戻ると、ただちにクローゼットのドアを開けた。
天井裏の入り口はどこだ?
クローゼットの内側から見上げるが、それらしき扉のようなものは無い。
いったん部屋を出て、ドアの上あたりをくまなく見てみるが、外れそうな箇所は無い。
そそくさと部屋に戻って、今度は天井をじっくりと舐めるように見回す。しかし、下から押せそうな場所は皆無だ。
最後に、カーテンで仕切られた、母の洋服収納スペースに頭を突っ込む。
突っ張り棒とたくさんの洋服のスキマからわずかに見える天井に、扉のようなものはやはり無い。万が一あったとしても、洋服たちに阻まれて、天井裏になど登れないだろう。
今年の春頃、おやつにヨーグルトを食べた。
父はいつになく神妙な面持ちで、「ヨーグルトって、こんな味だったんか…」と、ポツリつぶやいた。
私はその言葉を額面通り受け取り、本気で父を憐れんだ。
その歳までヨーグルトを知らなかったなんて可哀想すぎる…と。
あとで母に聞いたら、「嘘よ。」と爆笑された。
少なくとも、私の部屋から天井裏につながる扉は見当たらない。
嘘か、はたまた本当か。わかりづらい父なのである。
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