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酔って思ったことを連綿と書き残す⑨「桜桃忌」

「おのれの行く末を思い、ぞっとして、いても立っても居られぬ思いの宵」
太宰治さんの「座興に非ず」の冒頭に、そんな言葉がある。

その短い物語は、その後、都会に出てきた田舎者を揶揄って、一月分の家賃を横領し、自殺がこれで一月伸びたと主人公が言う。
それが良かったのか最悪なのかはさて置いて、あの言葉は、嘘つきでテクニカルな太宰さんだからこそ簡潔に結ぶ事ができたダブルミーニングであり、本心だったのではと思う。「苦しくて今にも首を掻っ切って死んでしまいそうだ。気が狂いそう。厭だ、死にたくない。どうしよう、逃げないと!」

帰途に着く宵、まるでいきなり降ってくる悪夢。鈍間な虫けらがたくさん体中にくっついてきて、どれだけ虫除けスプレーを噴射しても死んでくれないような、あの絶望。
あれを一行で、あんなふうに淡々と。
太宰さんの作品には夥しい量の自殺の表現があるけど、私にはその一行がいちばんリアルだ。

今週は太宰さんスペシャルウィーク。6/13に入水、6/19(誕生日)にご遺体発見。
7日間もお偲びできる。まるでお祭りかイベントのような期日で、しかも最終日がお誕生日。目出度いのか、なんなのか。
私は「夏に太宰さんが玉川上水で亡くなって、ご遺体が上がるのに時間がかかって、発見されたのがお誕生日で」という知識は持っていたものの、実際の日取りは去年の夏にWikipediaで見識った。
太宰さんの一次ブームが小学生時代で、二次ブームが去年の夏頃から。
なので、命日をリアタイするのは、実のところ初心者である。
だから浮き足立って、楽しんでいる。相当に不謹慎であることは承知しているよ。

でも、私はかねてから、人が死んだ時にしおれて泣いてというのが、逆に可笑しくてたまらない。
あれは相当に可笑しいよ。当人たちは仕方ないかもしれない。でも、周りは可笑しいよ。棺を前にあんなにシクシクしていた割には、お寿司やらなんやらをパクパク食べて、さっさと寝るか、帰っちゃうんだからね。
西日本は結婚式よりも盛大な花を盛って、誰も帰らず、棺のそばにも誰かしらが寝ずの番で附くけど、東日本は違った。
嘗ての甥っ子が20かそこらで自殺をして、その葬儀が東日本での初めてのお葬式体験だったのだけど、鳥渡笑ってしまった。
お通夜の離散のスピード感たるや。
蜘蛛の子散らして、片親ですら帰ってしまった。あれは相当に戸惑った。
弔うとは矛盾だ。あれは死んだ当人を玩具にした、ただの自己憐憫プレイだよ。
東西ともに、思い当たる節がないとは言わせない。
私も死んだらお葬式されるのか、と思うと、今から憂鬱で仕方ないよ。

自分も甥っ子の自死の時は、家から遠かったので葬儀場に泊まらせてもらい、西日本人の習性でなんとなしに棺のそばにいたが、随分と酷いことをしたと今では思う。
自分が死者だったら、一度会っただけの人に付き添われるだなんて余計なお世話だ。
ああもう、私が死んだら、ショベルカーでガンガンに砕いてくれる一人の業者がいればそれでいい。
先祖代々の墓になんか、もう絶対に入れないでほしい。
砕いてどこぞの土と混ぜておいてほしい。
彼は、先祖代々の墓に埋められた。

話が逸れたね。随分と逸れた。
そう、太宰さんの命日ウィーク。私は今、それを万歳を以って楽しんでいる。
不謹慎だねえ。矢張り不謹慎かもしれない。
なので、太宰さんのことがもっと大好きな人たちは、毎年この時期をどう迎え入れているのかが知りたいな。
太宰さんスペシャルウィークとはいえ、やることといえば、好きな太宰作品を読むぐらいじゃない?もっとコアな人なら、桜桃忌に参列するとか。ゆかりの場所に行くとか。
でも他の故人に比べたら、7日間も猶予があるのだよ。7日間もしんみりとはしてられないでしょう?そんな罪深い故人もなかなかいないよ。
つくづく迷惑で面白い人だ。

因みに私は、春先あたりに購って着々と読んでいる「太宰治電子全集」全6巻の、2巻のおしまいあたりから3巻の初めの7話ぐらいの作品を読んで、映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」を見ました。(小栗さん、凄まじかった)
今は「如是我聞」を読んでる。笑える。
あとは、スペシャルウィーク前に、偶々鎌倉の腰越に行ったり、江ノ島に行ったり、ある種自殺チックな夢遊行動を起こしたらしいなど(⑧を参照のこと)、とても太宰めいた6月になっている。
桜桃忌には、「人間失格」でも読み直そうかなあ。
「恥の多い生涯を送ってきました」
もはや、私も他人事ではない。

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