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『同じ景色』(#掌編小説#ショートショート)

「今日は電車に乗ろうね」
小さな手を握りながら、桜並木が続く川沿いの道をのんびりと歩く。
家を出る前は、ベビーカーに乗せるか少し迷った。でも、ぴょんぴょんと跳ねながら、嬉しそうに歩く息子をみていると、歩きにしてよかったと思う。

桜の蕾がほころびはじめ、可憐なピンク色と青空のコントラストが眩しい。

「お花きれいだね。これからどんどん咲くよ」
のんびりと話しかける。
「うん。きれい!」
息子は嬉しそうに言ったが、視線はすれ違った散歩中の犬に釘付けだった。みてないじゃないと苦笑した瞬間、湧き上がるような幸せが、心の中に広がった。少し前の自分を思い返すと嘘のようだ。

欲しくて欲しくて、やっと授かった息子。
待ちわびた命なのに、いざ自分の腕に抱くと不安しかなかった。
小さな身体。頼りない手足。何もかも柔らかくて、少しの衝撃で壊れてしまいそうだ。
こんな小さな、かけがえのない命を、私なんかが、預かれるのか。
焦燥感にさいなまれ、今日一日を無事に終えること。それだけに必死だった。

「今日はね。地面の下を走る電車に乗るよ。お外はみえないよ」
地下鉄の駅に着き、息子に言った。
「うん!」
息子はあい変わらず、嬉しそうに勢いよく頷く。
やれやれ、本当に分かっているのかな?
そんな思いで待っていると、ゴーゴーと音を立てて、銀色の電車がやってきた。
昼間の空いた電車に乗り込み、座席に座る。案の定、息子は靴を脱ぎたがった。
「お外みる!」
「お外真っ暗だよ」
「お外みるの!」
こうなると強情だ。
まぁいいや。と靴を脱がせると、息子はくるりと向きを変え、窓に張り付いた。
電車が走りだしても身動ぎもしない。
「何かみえるの?」
窓の外は真っ暗なのに……
「うん!キラキラ、きれいだよ!」
息子は振り向き、自分の目もキラキラさせて言った。
はっとして窓の外をみる。
そうか。確かに真っ暗ではない。
闇を照らすライトの光が、電車の動きにあわせて流れていく。
「そうだね。キラキラ流れ星みたいだね」
大人だから暗闇を見るのか、子どもだから光をみるのか。
いや。そうではない。
違う人間だから、同じ景色に違うものをみるのだろう。
これから様々な新しい景色をみていく横顔をみながら、思わずほほ笑みがこぼれた。

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