本たちの読書録 #3
ちょうどこの本を読み始める前
私から仕事を取ったら何が残るんだろう?
という状態にはなりたくないな、
なんて考えていた。
自分が社会で生きていくための手段…
自分で自分の心を守る方法…
食事、友だち、職場の人、娯楽、住まい、それを支える最低限のカネ
今はまだ元気な家族
大丈夫。
根拠はないけど、今すぐ全てが一気に失くなるわけではない。
そんな気がする。
と心を一旦は落ち着かせることにして。
生きるために生きるのではなく、
自分のために生きる。
仕事に費やす時間が1週間のほとんどであることは否めないけど、
休日は仕事の前日という意識とか、
仕事のコンディションを整えるための日ではない
私はそうじゃない、
自分なりの休日の使い方をしたい、と。
そして、とある休日、公園で本を読むために実家から持ってきたこの本を開いた。
読後、人への気味の悪さを感じた。
それは私が【こっち側】の世界の人間でありたい、
【こっち側】からイレギュラーを整えようとする
思いの現れなんだろう。
中村氏の解説まで読んだ。
私が一般企業に就職したのは、普通圧力に屈したからか?
私が結婚したいと思うのは、普通圧力を恐れているからか?
否。
心がそう願っているのだ。
そう判断し、安心してしまう自分もいて。
私の思考力は時に厄介で、独りの部屋で、要らぬことまで考えてしまう。
無意識的に形成されてきた信念を疑ってしまう。
社会がそれを望ましいと叫ぶから、私もそう願うのか
私の心の声が願った結果、社会の規範に近づいたのか
一つ確かなのは
イレギュラーだと判断されれば、排除されてしまうこの世界で私は、
イレギュラーを真正面から受け入れて、歩こうとする勇気はないということ。
傷ついてでも、白い目で見られても、
自分の心の声を問い、それに向き合い、私が渇望する方向へ進めるのか?
思考はぐるぐると…
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