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【実録】愛してくれると、信じたかった。

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何千人もの女性を救ってきた女風セラピストは、私を幸せにはしてくれなかった。 彼が私に見せた、歪んだ性癖。 スワッピングに乱交パーティ、欲望渦巻くディープな世界で、私たちは…
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2021年10月の記事一覧

9. できるなら、都庁北展望台で。

私は尊と一緒にいた頃、よく占いに行っていた。 人は本当の意味で何かに迷っているとき、占いには行かない。 たぶん、そういう風にできている。 どうした方がいいか分かっていても、それでも後押しして欲しいときに行くのだ。 尊と一緒にいて幸せになるはずないのに、それでも後押しして欲しくて行くのだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私たちはよく、都庁北展望台で待ち合わせをした。 彼に会うために待ち合わせたのではなく、

8. 水の中の、非現実。

8/29、尊の仕事仲間の誕生日会兼納涼会に誘われた。 仕事終わり、時間に間に合いそうになく新橋でタクシーを拾う。 船乗り場につくと、すでに尊と仕事仲間がいた。 あちら側がの声をかけたであろう女性2人は、浴衣を着てめかし込んでいる。 私はと言えば、職場から着の身着の儘、大焦りで来たからなんだか気まずい。 尊がこちらに気づいて手を振る。 「あっ!葵!間に合ってよかった!」 私も友達を数人呼んでいた。 知り合いが屋台船を貸し切るので、暇だったら来ないか、と。 尊のことは何も

7. 真夏の夜の、重たい西瓜。

私たちはその日、新大久保駅前で待ち合わせた。 いや、新大久保駅前は昨今のKカルチャー流行も手伝ってひどい人混みだったから、正しくは道路を挟んだ向かいの薬局の前で落ち合った。 近くの劇場で尊の友人が所属しているという劇団の公演を観に行った。 私は美術にどっぷり浸かっていたが、劇団等の舞台芸術はあまり観たことがなかったので新鮮だったのを覚えている。最前列の席だったから、演者の迫力にドキドキした。 公演後、尊から『一緒に楽屋へ挨拶しに行かないか』と言われたが、自分がなんと紹介

6. 恋人じゃない、特別な人

尊はいつも、新宿駅東口のタクシー乗り場で私を拾った。 初めて車で迎えに来てくれた時は、彼の「特別」になれた気がして嬉しかったのを覚えている。 私がお金を払って「海」に会ったのは2回だけで、その後は尊が車で迎えに来るようになった。ご飯や美術館、舞台、もちろんホテルにも行った。 新宿駅前を車で走るのは新鮮だった。 何度も来ているのに知らない街に来たような、ふわふわした変な気持ちになる。 人が多くて、車と通行人の距離もかなり近い。 しかもなかなか進まないから、一人ひとりの顔

5. 宙ぶらりんの告白。

『蒼ちゃん、俺の本名、尊っていうんだ。』 私はその日、海の本当の名前を知った。 「そんなの、なんで私に言うんですか。」 距離を詰めるくせに後から責任を負えなくなるのなら、そんな優しさは要らない。 『蒼ちゃんのことが、大切だから。』 海、尊は私の目をまっすぐ見つめる。 瞳が勝手に揺れて、うまく海を捉えられない。 『蒼ちゃんは、違うのかな。』 「蒼じゃなくて、葵です。」 尊の指が私の首すじに触れる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4. 花火の中で、光る海。

私は薔薇を受け取った。 お金で男の人を買って、ごっこ遊びできると思っていたんだ。 賢いふりをしていたけれど、どうやらもう、そうはいかないらしい。 今思い出すと、海とのセックスは面白みに欠けていたと思う。 海が私を誘った世界は、深く、暗く、痛々しく刺激的で、他の全てをつまらなく思わせた。 皮肉なことに、海の世界に引きずり込まれるほど、私は海の欠点に気づいていった。海が本気になっていくのを感じるほど、私の気持ちは冷めていった。 でも当時の私は、この男が横にいればそれだ

3. 躊躇なく伸ばされる両腕。

《蒼ちゃん、今会議が終わりました!今日は本当にありがとうございました。お話も興味深くて、楽しかったです。例の展覧館、休みの日に行ってみます!》 初めて会った日の昼頃、早速海からLINEが来た。 蒼(あお)。私の名前。偽名。 本名は教えなかった。 私はあの頃、大学院で西洋近代美術を研究していた。 ちょうど学会で研究発表をする、2か月前。 海は私に出会うまで、美術に一切関心がなかった。 展覧会にもほとんど行ったことがなかったし、画家のことも良く知らない。 でも、私

2. 海に吞み込まれた夜

海は中肉中背で40歳くらいに見える。 店のプロフィールには30代後半と書いているが、実際には40代後半だった。 『これ、迷惑でなければどうぞ。綺麗だったので。』 そう言って花束を渡される。 海は、キザなことも仕事中はサラリとこなす男だった。 身のこなしにも気をつかっている様子が分かる。 コートの脱ぎ方や靴のそろえ方、金銭のやり取りや扉の開け方。 女性へのプレゼントの渡し方も。 父のこと、男性が怖いこと、でもただ誰かに抱きしめてほしいこと、包み隠さず話した。話し

1. 風俗に愛の真似事を求めた。

風俗は違う。 お金を払った対価として、それなりに良い想いを提供してもらう。あちらも演技だと分かっているのだから、至極健全な気がした。 最初に利用したのは個人経営の店で、 待ち合わせ場所には、中肉中背の男が現れた。 見た目は普通の会社員。おそらく40代の、普通のおじさん。事前の顔合わせでは、お茶をしながら男性経験について聞かれたけれど、私はほとんどうわの空だった。 特段好みではなかったけれど、嫌いでもない。 だから私はほとんど考えることを放棄して、ラブホテルに向かった。

Introduction. 愛してくれると、信じたかった。

寂しかった。 女性用風俗を利用するのはこれで3回目。 3回目で、私は出会ってしまった。 初めて女性用風俗に足を踏み入れたのは、20歳くらいだったと思う。 まだ学芸員になる前で、近代西洋美術史を研究していた。 ろくに愛など知らないくせに、 愛を主題にした絵画を目の前にして途方に暮れていた。 好きな人が居たこともあるけれど、自分から告白する勇気はなかった。 告白されたこともあるけれど、その人を好きになれる自信もなかった。 そのくせ、人並に、男でも女でも、誰かに触れ