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8. 水の中の、非現実。




8/29、尊の仕事仲間の誕生日会兼納涼会に誘われた。

仕事終わり、時間に間に合いそうになく新橋でタクシーを拾う。



船乗り場につくと、すでに尊と仕事仲間がいた。
あちら側がの声をかけたであろう女性2人は、浴衣を着てめかし込んでいる。
私はと言えば、職場から着の身着の儘、大焦りで来たからなんだか気まずい。


尊がこちらに気づいて手を振る。
「あっ!葵!間に合ってよかった!」

私も友達を数人呼んでいた。
知り合いが屋台船を貸し切るので、暇だったら来ないか、と。
尊のことは何も言っていないが、この男と「普通」の友達が同じ空間にいるのは妙な気分がした。



ケーキを食べたり他愛もない話をして盛り上がっている最中も、私の頭の中には色々な考えが浮かぶ。


尊の別の面を知っている人は、この中にいるんだろうか。


《2人で少しデッキに出ない?》


斜め前に座っている尊からメッセージが届く。
目くばせをして外の空気を吸いに出た。

中の人たちの視線が私たち2人に向くのが嬉しかった。

芝浦埠頭が美しい。
昔から埠頭とか海沿いの工場夜景が好きだった。
海なし県・埼玉県出身の性かもしれない。


屋形船はゆったりと進んで、水辺の匂いが身体を包む。
生ぬるい空気がまとわりついて、私は夢を見ているようだった。

水の中にいるような感覚。
初めて「海」と肌を重ねた夜と同じ感覚。


私の日常に尊が入り込んできた頃、すべてのものに現実味を感じられなかった。
一緒にいる間も、そうでないときも。

「…寒くなってきた」
私は突然2人きりの空間に居心地が悪くなって、中に戻る。


18時に出発して、現在21時30分。
月島、晴海、レインボーブリッジまで進み、ゆっくりと回遊していた船は出発点に戻ろうとしている。


『2人で抜けようか』
他の人たちは六本木で2次会をするようだったが、私たちは新宿に帰ることにした。


友達が心配だったので声をかけ、帰る子たちも一緒に誘い駅へ向かった。
仲のいい女友達と私、そして尊。

妙な組み合わせ。

地下鉄に乗って新宿に向かう。
友達は途中で降りて行った。


尊は電車が嫌いだったので、2人で電車に乗ったのは数えるほどしかなかった。
2人だけの断絶した世界から解き放たれて東京の人混みに溶け込むと、普通の恋人同士になった気がした。


でも私たちはどうしても、歌舞伎町のホテルに戻ってきてしまう。



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こういった集まりはある意味、前戯版のスワッピングのようなものだった。


お互い他の男女と仲睦まじげに話し、お互いに見せつけ合う。
じれったさが増していき、妬ける気分が高まったところで2人で抜け出すのだ。
新宿に帰り、たっぷり愛し合う。


『他の男とあんなに仲良くして』などと囁きながら。


でも、それでは満足できない男と、私は一緒にいたいと思っていた。


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