4. 花火の中で、光る海。
私は薔薇を受け取った。
お金で男の人を買って、ごっこ遊びできると思っていたんだ。
賢いふりをしていたけれど、どうやらもう、そうはいかないらしい。
今思い出すと、海とのセックスは面白みに欠けていたと思う。
海が私を誘った世界は、深く、暗く、痛々しく刺激的で、他の全てをつまらなく思わせた。
皮肉なことに、海の世界に引きずり込まれるほど、私は海の欠点に気づいていった。海が本気になっていくのを感じるほど、私の気持ちは冷めていった。
でも当時の私は、この男が横にいればそれだけで確かに満たされていた。
優しい「施術」が終わった後に寝転がって天井を見つめていると、今日が花火大会だったのを思い出す。
「今日、隅田川の花火大会。見たかったな。私、花火好き。」
行為の後、ほんの一瞬、敬語が解ける。
『じゃあ、見ようよ。』
海がテレビをつけると、花火大会の中継がちょうど始まったところだった。
すごい人混み。
隅田川の花火大会には、大学生の頃一度だけ行った。
数年後ラブホテルの部屋で、金で買った男の腕に抱かれながら中継を見るなんて想像もせずに。
真っ暗な部屋に花火が咲く。
花火で明るくなる、ほんの一瞬、海の横顔が染まって見えた。
『蒼ちゃん、今年は中継だけど、来年は一緒に行こう。』
海に聞きたいことが、たくさんあった。
その言葉、本音なの?
彼女はいないの? 結婚はしてないよね?
お客さん全員に、こんなことしてるの?
私のこと、本当はどう思ってるの?
「来年も、私たち会ってますかね。」
私は茶化して、精一杯笑う。
『今回も払わせちゃってごめん。お金、大丈夫?お金なしで会うのは立場上まだマズいから、良かったら今度電話しよう。俺、蒼ちゃんのこともっと知りたい。』
チェックアウトの時間が迫って、海が言う。
海の一人称は「僕」から「俺」に変わっていた。
こうやって一歩一歩、確実に私たちは進んでいった。
たぶん、引き返すとしたらココだった。
花火が打ち上げられる音だけが、部屋に響く。
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