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解放区。プロモーションはうまかったけど

友達に誘ってもらって見に行った「解放区」、なんか・・・何とも言えない感想を持ちました。3つだけ、感想箇条書きにすると

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1. 映画館で見ていなかったら、確実に最後まで見れなかった
2. 芸術とは評価によって芸術になるのだと感じた
3. 全般的に、本気でイライラした...

パンフレットは少し名前があるアイドルやインフルエンサーから寄せられた称賛コメントで埋め尽くされてるのだけど、埋め尽くされるように並べられた声が、これに価値を与えるのか、と戸惑った。

ちなみにパンフ上のはあちゅうさんのコメントは「涙が止まらなくて過呼吸になりそうだった」とのことだったのだけど、「え、この映画のどこに過呼吸になる要素が・・・?」 と思う私は、感性が足りてないのかもしれません。

峰なゆかさんの「ダメな人間を見るのは滑稽。いいねえ、私よりももっとダメな人間を見せてくれ」的な、ダメ人間を見たい人におすすめ的なコメントの方が、まだ気持ちの良い感想だった。というか、レビューください(褒めてください)って仕事が来た時に、「どう褒めるか」って本当にセンス出るんだな、と思った意味ではそのコメントを眺めるのは面白かったかも。

映画の中で唯一いい味出されてたのは、しがない映像クリエーターである主人公の彼女役の女優さん。出演時間はトータル5分だが。

彼女には120点、あげたい!ああいう子、たまにいるよね。というような、若いながらも地に足のついたシッカリ感と、伸びやかにたゆらう空気感を絶妙なバランスで併せ持ってる女優さんでした。あれが女優の力量なのか監督の力量なのかはわからんが、そこだけは良かった、そんなこと思いました。

私がその映画にイライラする理由

本気でイライラする人間を描けるって、それはそれで凄いことだが、イライラの理由のひとつは総合失調症も引きこもりもナメてんじゃないのかって感じたこと。

この映画に出てくる人は基本的にみんなどいつもこいつもなわけですが、そんななかで、三十代後半とかで「いい歳して家族に養ってもらっている、総合失調症の引きこもり」ってラベルが付いている登場人物が、実は一番人間としてはまともじゃねえかよって観客は感じる場所が後半にあるんですね。

長年の引きこもりがキッカケがあって外に出たら意外に健全に生活できたっていうのはいいんだけどさ、この映画では、その人は総合失調症もあって引きこもっているっていう当初の設定があまりにも安っぽく宙に浮く。

ただ、「問題のある人(問題があるって周りに認識されている人)」=「精神科受診」って構図と、そこから抜け出すのは気持ちの問題って、くそな偏見を助長するだけの薄っぺらい設定で、こういうのって学生の自主映画くらいにしといてもらえないか、って感じだった。

総合失調症って、「キッカケがあれば社会のなかで自然に立ち直れる!」みたいな「気分の問題」じゃないんだけど....。脳の病気なのだけど。

たまたまこの映画を観る1週間前にJorkerというあまりにもスペクタクルな映画を観てしまった直後だったので、というのもあるのかも・・・

何だろう、映画監督なんて、是枝裕和くらいに凄い才能と教養とセンスのある人が凄い魅力あふれる作品を作る特別な仕事(だから自分には無理だ)って思っている人が観て、「これも『映画』って言っていいんだ」と思うには、いいかも。


自分が形にしたいものを形にしきって、それを芸術だと名乗ったら、こんな新宿の大きな映画館でそれが上映されるということにもっとも何かを感じました。

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