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海底みたいなライブハウス

153センチ。ぺたんこのスニーカー。スタンディングライブ。アーティストの顔なんて、一度も見えたことがなかった。25歳。去年は11個のライブに行った。ほとんどが座席付。スタンディングでステージが見えるなんて、無数の偶然が掛け合わさって生まれる奇跡。目の前のニット帽が数センチ高かったら、3列先の肩がほんの1ミリ右にずれたら、女の髪がくせの強い天然パーマだったら。ステージを見るのを諦め、その日のライブは汗と熱の匂いのしみついたラジオと化す。生温い、ネオンライトの光が一筋射し込むトン

    • 自分に期待しなくなった時

      ・4/24 23時のラーメン店。外は雨が降っている。あっさり味を注文する。その代わり、久しぶりに濃い会話を交わす。さらっと風のように過ぎる上辺の会話が続いた週末だった。視線を落とすと、残った汁に背脂が浮いている。心から零れた。そう思った。身体をじゅんぐりして、不要な脂がなくなった。 ・5/4 商店街の脇で餅つきをしていて、近くを通りかかると臼でついた瞬間の餅が頬に飛んできた。 餅のかけらをつけたまま、電車に乗った。

      • 1006

        人の怒鳴り声が転がっている。大抵、矢印はない。私に向けられた要素だけを抜き出す。謝る。傷つくことよりも正すことのほうが早かった。絡んだ感情をほぐす間もなかったので、涙に気付かれる前にその人に背を向けて走った。何食わぬ顔で数年後、その人に会いに行くと笑っていた。ほら。想像通りの反応だった。 その日のことを、その人は思い出話として誰かに話す。こんなこともあったのよ、と。情け無い武勇伝のように、人の口の端にのっては笑われる。傷つかなくなるのは成長じゃなくて鈍化だ。私には体力がなか

        • 思い出をつかう時

          肉まんが地面にこぼれ落ちても、頭上の夕日は反射されることなく、無機質な突起に吸収される。全然綺麗じゃない日常を記録するように、脇を通り過ぎたモスグリーンのレガシーが、タイヤとコンクリートの跡を肉まんのカケラにつけては、エンジン音ひとつ残して走り去っていく。静寂。そこに残るのは、頼りたくなって、自分から汚い泥だけが流れ出ていく時間を過ごしても、明日になったらリセットボタンを押されたみたいに何食わぬ顔で新しい日が始まっていく一人の顔。そうやって、思い出がひとつずつ、静かに捨てられ

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        海底みたいなライブハウス

          0928

          「自分は壊れていない」と主張する友人。 社会的に生きづらくなってしまうのはわかる。 でも、壊れちゃいけないんだろうか? 「それでもいいよ」って言ってあげることが良かったのだろうか? そつなく生きていると、壊れることもない。好きなことに一生懸命。好きじゃなくても良い、と言った。 適当に生きたい、という希望。じっくり考えすぎて、前に進まない人。 欲しいものが手に入らず、苦心して、でもそれはお腹が空きすぎた子どもが手を伸ばしてもツルツルと滑る床の上でばたついているような、そん

          振り返り①

          心の抜けきった、乾いた体で床に座り果ててた日のことを思い出した。灯りのない部屋で、初めて自分に返った気がしていた。電話から聞こえる声は、いつしか知らない国の言語から音になった。モールス信号のように、リズムを刻む。わたしの心拍とはかけ離れた場所で、水と油のように交わることなく自立した世界。時計のない部屋に、明日はなかった。化粧も着替えもせずに、家を出た。知らない街の坂を登った。脇を、独り言を呟く男の人が通り過ぎた。あかりは街灯ひとつ。知らない門の突き当たりで、粉っぽいコーヒーを

          振り返り①

          828世田谷通り

          ビーフシチューの匂いがする。好きなバンドの新アルバムを聴くためだけに、家までの世田谷通りをまっすぐ歩く。馬事公苑を超え、砧方面に曲がる。ゴツゴツしたコンクリートの感触。夏を下りかけた夜でも、喉はよく乾いて、出費をガマンしていたのに用賀通り沿いのローソンで負けた。1リットルペットボトルを脇に抱え、再び熱気に体を葬る。歩いていく。ボーカルの声が、曲の変わり目で一瞬止まった隙に、スズムシの鳴き声が流れ込む。チャンスを逃さない奴。とにかく、あれが欲しいこれが欲しいと言い続けている先輩

          828世田谷通り

          セミの音が聞こえない

          寂しい、と言わない代わりに、私は耳の奥を鳴らす。カチ、カチ。ほんの一瞬、世界から私が遠ざかって、一人だけの部屋に入れられる。でも、すぐに出てくる。外の世界の方が、よっぽど色鮮やか。 深夜のコンビニの灯りに照らされて、虫取り網を持ったカップルが笑っている。細い路地に入ってしまうと、一人で夜を歩くしかないから、ほんのわずかな時間でもおすそ分けをもらおうと、Linkbudsのノイキャンを外す。笑顔が笑い声に変わる。すぐ脇の車道を行き交うエンジン音と、肌に触れる湿った空気と、横断歩

          セミの音が聞こえない

          コンペイトウ

          心に語りかけ、赤子の手をとるように、傷つかない、傷つかない。そう囁いても、いまだに人の金切り声にはスタミナが削られ、しばらくベッドに寝転がって消化するだけの時間を過ごす。あー、勿体ない。重力はウソをつくことなく、背中からシーツに私の形を残す。 大してお互いに興味もないのに、自己紹介をし合う時間にもすり減る。反射神経のように、テンプレートに埋め込まれた返答が返ってくる。ETCカードを挿入したときの、あれと同じ。人と会話がしたいなー。 きっと、相手は記憶がないだろう深夜、私の

          コンペイトウ

          好きだったクレヨン

          好きか嫌いか、オセロのようにはっきりとした白黒でしか自分の中に箱を作れず、溢れた存在は宙に浮く間に蒸発し、部屋が整った。そう思って、やっと振り返ったときにはもう、誰もいない。 キンモクセイの香りに包まれた部屋で、薄いシアーのカーテンから差し込む光に、糸くずが舞う。友だちと食べ残したピザのかけらが目に入る。いまどこにいるの?つい数時間前まで一緒にいたはずなのに、夜を超えたら、溢れて、一人に戻ってしまう。 好きな人の好きじゃないかもしれない部分に、許されたような感覚を抱く。あ

          好きだったクレヨン

          pm5.0

          二、三言しか話したことのない人の母親が亡くなったという話で、呼吸がうまくできなくなり、気の利いた会話もできなくなった。SNSで自分と無関係な芸能人のニュースに噛み付くようなどんな架空人格よりも身勝手な、共感の顔をした悪魔。そんな同情があっさりと人の心を殺すことをわかっているのに、泣いて、マットレスに重力を預けることしかできず、全て自分の世界と繋げて考えるなんて勘違い自己肯定女。なのに、吸い取られてしまった。世界がそのまま回っているのが不思議だった。事情を知らない第三者のかける

          ただ一つの勇気

          ここ数年、プールの中で息を潜めるようにしていた私が、はじめて自分の足で立った。正確には、スーパーポジティブな人の肩を借りながら(というかほぼ肩車されながら、)立った気になっている。生後2ヶ月の赤ちゃんにゲップをさせるように、繰り返し、繰り返し背中を叩かれ続けて、いささか力は強く、赤ちゃんだったら確実に死ぬだろう雑さが、今の私にはちょうど良かった。 休日。その人の肩から降りて、自分のベッドの端につかまってみると、木が少しだけ軋んだ。自分にも、重さがあったんだとほっとした。しば

          ただ一つの勇気

          楽しいか楽しくないか

          ①「映画館」 かじかんだ手でポップコーンをつかむと、笑うように指先から逃げた。夏なのに。震えているわけじゃないんだ、そう言い聞かせるように、屈んでもしゃっとした白を拾い上げる。生まれたばかりの、赤ちゃんのへその緒みたい。物理的に母親から切り離された途端、初めて名前がつく。ただの、私。誰かと一緒に生きちゃいけないみたい。すぐ弾けては、すぐ転ぶ。 ②「仏様」 あなたの心臓の中には、仏様がいるようです。取り除きますか?共に生きますか?こちら、最先端医療ですので、痛みなく切除するこ

          楽しいか楽しくないか

          疲労と酸性

          カーステレオから流れる女性の声を聴きながら、その子はありがとう、と呟いた。「カレーが食べれなかったんだ。身体から、変な匂いがするようになったの。毎日お風呂に入ってるのに。自分じゃない匂いがする。」 今はあんたの匂いがするよ。そう伝えると、彼女はニカっと笑った。香水つけ忘れたんだけど。臭くない? きつかった時期、その友だちは体臭が変わった。 初めて、人肌からツンとする匂いを嗅いだ。 あんたが強くなったんじゃなくて良かった。その錯覚で、熱を出すでしょ。冷えピタは、表面に貼っ

          疲労と酸性

          1秒単位の鮮度

          違和感は、夏日と言われる初春の季節外れの陽射しを浴びても蒸発しない。それは彷彿とした、一時的な感情が手の指の隙間から零れ落ちて、コンクリートに赤黒い血痕を残した時にはじめて気づく。近くで眺めようと、掬い上げるとすぐに消える。だから何がなんでも形にしたいと思う。 何歳だって、口の周りをケチャップでベタベタにしながらハンバーガーにかぶりつくおとな。覗き込むと、無垢が目の端に映る。この煌めきは逃してはいけない。いつだって、鮮度が人間的。潤んだ。その涙は?

          1秒単位の鮮度

          片結び

          どちらか一方が遠くに行ったら消えてしまう、人と人との相性の良さは、今でも元のまま健在だと言い聞かせるように、藁にだってすがる。 いまあなたに見えているのは、いつの二人? 会話がぎこちない。努めて自然に話そうとするけれど、却ってそのせいだ。頭の中の記憶を掻き分け、かつての会話のリズムを思い出そうとしても見つからない。ずっと関係性は変わらないままだと思っていた。だから、記憶に残そうとも思っていなかった。ただ、人間的な相性がよかった。それだけだった。 「合うなあ、って思ったの