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好きだったクレヨン

好きか嫌いか、オセロのようにはっきりとした白黒でしか自分の中に箱を作れず、溢れた存在は宙に浮く間に蒸発し、部屋が整った。そう思って、やっと振り返ったときにはもう、誰もいない。 キンモクセイの香りに包まれた部屋で、薄いシアーのカーテンから差し込む光に、糸くずが舞う。友だちと食べ残したピザのかけらが目に入る。いまどこにいるの?つい数時間前まで一緒にいたはずなのに、夜を超えたら、溢れて、一人に戻ってしまう。 好きな人の好きじゃないかもしれない部分に、許されたような感覚を抱く。あ

    • pm5.0

      二、三言しか話したことのない人の母親が亡くなったという話で、呼吸がうまくできなくなり、気の利いた会話もできなくなった。SNSで自分と無関係な芸能人のニュースに噛み付くようなどんな架空人格よりも身勝手な、共感の顔をした悪魔。そんな同情があっさりと人の心を殺すことをわかっているのに、泣いて、マットレスに重力を預けることしかできず、全て自分の世界と繋げて考えるなんて勘違い自己肯定女。なのに、吸い取られてしまった。世界がそのまま回っているのが不思議だった。事情を知らない第三者のかける

      • ただ一つの勇気

        ここ数年、プールの中で息を潜めるようにしていた私が、はじめて自分の足で立った。正確には、スーパーポジティブな人の肩を借りながら(というかほぼ肩車されながら、)立った気になっている。生後2ヶ月の赤ちゃんにゲップをさせるように、繰り返し、繰り返し背中を叩かれ続けて、いささか力は強く、赤ちゃんだったら確実に死ぬだろう雑さが、今の私にはちょうど良かった。 休日。その人の肩から降りて、自分のベッドの端につかまってみると、木が少しだけ軋んだ。自分にも、重さがあったんだとほっとした。しば

        • 楽しいか楽しくないか

          ①「映画館」 かじかんだ手でポップコーンをつかむと、笑うように指先から逃げた。夏なのに。震えているわけじゃないんだ、そう言い聞かせるように、屈んでもしゃっとした白を拾い上げる。生まれたばかりの、赤ちゃんのへその緒みたい。物理的に母親から切り離された途端、初めて名前がつく。ただの、私。誰かと一緒に生きちゃいけないみたい。すぐ弾けては、すぐ転ぶ。 ②「仏様」 あなたの心臓の中には、仏様がいるようです。取り除きますか?共に生きますか?こちら、最先端医療ですので、痛みなく切除するこ

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        好きだったクレヨン

          疲労と酸性

          カーステレオから流れる女性の声を聴きながら、その子はありがとう、と呟いた。「カレーが食べれなかったんだ。身体から、変な匂いがするようになったの。毎日お風呂に入ってるのに。自分じゃない匂いがする。」 今はあんたの匂いがするよ。そう伝えると、彼女はニカっと笑った。香水つけ忘れたんだけど。臭くない? きつかった時期、その友だちは体臭が変わった。 初めて、人肌からツンとする匂いを嗅いだ。 あんたが強くなったんじゃなくて良かった。その錯覚で、熱を出すでしょ。冷えピタは、表面に貼っ

          疲労と酸性

          1秒単位の鮮度

          違和感は、夏日と言われる初春の季節外れの陽射しを浴びても蒸発しない。それは彷彿とした、一時的な感情が手の指の隙間から零れ落ちて、コンクリートに赤黒い血痕を残した時にはじめて気づく。近くで眺めようと、掬い上げるとすぐに消える。だから何がなんでも形にしたいと思う。 何歳だって、口の周りをケチャップでベタベタにしながらハンバーガーにかぶりつくおとな。覗き込むと、無垢が目の端に映る。この煌めきは逃してはいけない。いつだって、鮮度が人間的。潤んだ。その涙は?

          1秒単位の鮮度

          片結び

          どちらか一方が遠くに行ったら消えてしまう、人と人との相性の良さは、今でも元のまま健在だと言い聞かせるように、藁にだってすがる。 いまあなたに見えているのは、いつの二人? 会話がぎこちない。努めて自然に話そうとするけれど、却ってそのせいだ。頭の中の記憶を掻き分け、かつての会話のリズムを思い出そうとしても見つからない。ずっと関係性は変わらないままだと思っていた。だから、記憶に残そうとも思っていなかった。ただ、人間的な相性がよかった。それだけだった。 「合うなあ、って思ったの

          花束と違和感

          友人の婚約祝いにと、彼女らしい色を一本ずつ選んだ花束は、色鮮やかで美しかった。スポーツ万能で元気で溌剌としたオレンジと、恋愛が上手くいないと夜のラーメン屋の軒下で泣いていた淡い水色。こういう時、赤いバラを送るのが普通なのかな、と思ったけれど、色濃い思い出を集約してしまうのが惜しかった。 私は人に花を贈るとき、どんなにまとまりがなくても、青のカーネーションを一本だけ入れる。花言葉は「永遠の幸福」。肌触りのない時間というテーマにおいて、「永遠」と言い切れるのは花にしかない強さだ

          花束と違和感

          花粉症になった。

          今年はじめて、花粉症になりました。今週はそのせいで脳みその半分以上が機能停止していて、よくわからない実態も出口も見つかっていないことをテーマに話がしたくなった。 そんな時。ある飲み会で、人の噂と自己防衛のための言い訳が飛び交っていた。同意もせず、否定もせずにその人の辿ってきた人生を想像していると、その人から「〇〇さん(私)人に興味ないよね?」と言われた。今、あなたのこと考えていました。でも、あまりないのかも。そう言って、でもあなたのこと、人として結構好きでしたの思いをこめて

          花粉症になった。

          平凡な顔をしたカメ

          蕎麦のつけ汁に浮かんだ劣等感を啜りながら、顔を上げ、相手の顔を見る。もっとこうしたい、上手くいかない、そう思いながら交わす会話は回りくどい。枕詞ばかりが増え、口をついて出る言葉の全てが空虚になる。 人には人の正義があるから、あなたの価値観も正しいと思う。こういう姿勢ってずるいんだろうか。固定概念に人を当てはめるような持論を滔々と語る相手。その言葉が錆びついていくように、どんどん身体の細胞が蝕まれていく。そういう時、決まって思い出す人たちの顔がある。努力って、その対象を愛する

          平凡な顔をしたカメ

          時間が解決する

          気持ち悪い、吐き出したい。そんな気持ちで通話ボタンを押す深夜。ふだんより塩味がつよくて、胃のもたれる夜だった。何コールかの末にやっと繋がった暁、話したかったことは結局何も話せずありがとう、と呟き布団を被る。私の記憶ごと夜に混ざって、明日には消えていることを祈って眠る。なのに翌朝、太陽が完全に昇ってもベッドから起き上がれず、重い身体を横たえたまま、天井に向かって伸びるガーベラの輪郭を、ただただ目でなぞるだけの時間を繰り返す。瞼を閉じると、昨晩の光景と、指に触れたポテトチップスの

          時間が解決する

          今にも雨の降りそうな空と前カゴ付きの自転車

          夢をまったく見なかった私が、ここ最近毎晩夢を見ている。大抵、それは潜在意識を表出させた物語で、眠りの浅い夜を繰り返すということは冴えた状態の頭で過ごす時間が増えることを意味して、必然的に、新しい考えや価値観に出会う機会が増えることになる。 その夜、私は自転車の前カゴに小さな女の子を乗せた1人の母親に出会った。道すがら、歩いていた私を後方から追いかけてきて、知らない人だからと逃げようとしたところを「違うの、」と引き留められる。 私は大量殺人のあったビルの事件現場から、1人帰

          今にも雨の降りそうな空と前カゴ付きの自転車

          日のない明け方と藍

          明け方に吐く息は白く、全国で積雪予報の出ている今日の空に、一夜を超えた「昨日」が昇華されていく。藍色の空の下、ぽつりぽつりと始まりゆく今日の予感が目に入ってくる。そして、どれも交わる必要のないことに安心する。耳に押し込んだイヤホンから、ひんやりとしたゴムの感触。じっとり、喉の奥へ奥へと馴染んでいく。 首都高にほとんど車のない時間、タクシーの走る夜の空に、映画の主題歌が流れる。今、脳から身体の輪郭をかたどるのはその音楽で、このまま一日を閉じたいと思う。冬に眠りたい。

          日のない明け方と藍

          朝の青とギター

          電気のつかない青い部屋の中に、太陽の光だけが差し込んで、寝転がった私に見えるのは、垂直になった地平線。ギターの音が聴こえて起きようとするけれど、そこには誰もいない。 やわらかいシーツの手触りは、母親の産毛と体温よりも優しく、数日前の柔軟剤の香りが、鼻腔から身体の奥に沁み込んでいく。 くびれが終わりのない地平線のように永遠に続いていたなら、そこに人はいるのだろうか。砂浜に立ったあの人の視線が、波の奥に消えてゆく。

          朝の青とギター

          海底みたいなライブハウス

          153センチ。ぺたんこのスニーカー。スタンディングライブ。アーティストの顔なんて、一度も見えたことがなかった。25歳。去年は11個のライブに行った。ほとんどが座席付。スタンディングでステージが見えるなんて、無数の偶然が掛け合わさって生まれる奇跡。目の前のニット帽が数センチ高かったら、3列先の肩がほんの1ミリ右にずれたら、女の髪がくせの強い天然パーマだったら。ステージを見るのを諦め、その日のライブは汗と熱の匂いのしみついたラジオと化す。生温い、ネオンライトの光が一筋射し込むトン

          海底みたいなライブハウス

          朝井リョウ「正欲」

          「お前は何でいつも受け入れる側なの?」 性的マイノリティの登場人物が、私はわかるよ、側にいるよ、と叫んだ女の子に伝えた言葉。 本当にそうだ。わかった気になって、寛容な立場を取っていただけの自分を殺したくなった。 小説を読んでいる間、アディクションや障害に関するYouTubeを見漁った。アディクションというテーマには昔から関心があった。どんな人でも生活のすぐ側にあるものだと思っていた。人間関係やストレスで、生きている途中にたまたま足をかける場所を間違えたら、一瞬で。あれ?あ

          朝井リョウ「正欲」