片結び

どちらか一方が遠くに行ったら消えてしまう、人と人との相性の良さは、今でも元のまま健在だと言い聞かせるように、藁にだってすがる。

いまあなたに見えているのは、いつの二人?

会話がぎこちない。努めて自然に話そうとするけれど、却ってそのせいだ。頭の中の記憶を掻き分け、かつての会話のリズムを思い出そうとしても見つからない。ずっと関係性は変わらないままだと思っていた。だから、記憶に残そうとも思っていなかった。ただ、人間的な相性がよかった。それだけだった。

「合うなあ、って思ったのはさ」テーブルの斜め向こう側から、落ち着いた声が聞こえる。「必ずしも、欠けた部分がぴったり重なっている訳でもなくて、ただ馴染んでいただけなんだよね。あの頃の生活に、あなたと私が。当たり前のように、秒針は正しく時を刻む。心音が早くなっても、周りの世界にはひとつの狂いもない。だから、気づかないんだよ。綺麗に失くなって、ようやく気づいた。」

水色のガラスの花瓶に、青のガーベラが一輪、二人を分かつテーブルの端で生きている。

「大事な思い出は、振り返るようにできてない。手放したくなかったのは、思い出の一つ一つじゃなくて、もっと肌触りのないものでしょう?だから、その頃の私たちにしか共有できないの。今の私たちが土足で上がり込んで、夢みたいな二人を邪魔しちゃいけない。夢なんだもん、結局。」

立ち上がろうと、彼女は椅子をひく。華奢な左手首は、昔と変わらず白いまま。

「いま塗り替えたら、いまの私も死ぬ。思い出は過去に生きてるから。楽しかったよ。」

ガラス扉の向こうに、彼女は影を置き去りにしていった。

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