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好きだったクレヨン

好きか嫌いか、オセロのようにはっきりとした白黒でしか自分の中に箱を作れず、溢れた存在は宙に浮く間に蒸発し、部屋が整った。そう思って、やっと振り返ったときにはもう、誰もいない。

キンモクセイの香りに包まれた部屋で、薄いシアーのカーテンから差し込む光に、糸くずが舞う。友だちと食べ残したピザのかけらが目に入る。いまどこにいるの?つい数時間前まで一緒にいたはずなのに、夜を超えたら、溢れて、一人に戻ってしまう。

好きな人の好きじゃないかもしれない部分に、許されたような感覚を抱く。あるいは、3日くらい前、一番好きだった色のクレヨンを失った。ショックじゃなかった。呆然と、目の前で繰り広げられる世界を見ていた。

あんたってさ、失ったクレヨンを探さないよね。そう、ある人に言われた。もっと怒ってよ。血眼になって求めてよ。失ったクレヨンを手繰り寄せるように、空中に私は手を伸ばす。どうしても握力は戻らない。ただ、かすかに震えていた。あー、寂しいみたい。

「目の前に人がいたら、どうせ好かれようとするでしょ?他の人よりもちょっとだけ、多く好かれたかった人がいただけだよ。そんなの、あんたにしかわからないでしょ。」

二、三言交わして、連絡は途絶えた。夏になった。

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