見出し画像

にくきもの 【小話】

 急ぐことあるをりに来て、長言するまらうと。あなづりやすき人ならば、「後に」とても、やりつべけれど、さすがに心はづかしき人、いとにくく、むつかし。
 (急の用事のある時にやって来て、長々とおしゃべりするお客。与しやすい人ならば、「また、あとで」とかなんとか言って帰してしまうこともできるけれども、やきもきしながらも、相手が一目おかねばならぬ立派な人の場合は、たいそうにくらしく、迷惑至極だ)。

[中略]

 なでふことなき人の、笑がちにて、ものいたう言ひたる。
 (たいしたこともないくだらぬ人が、満面に笑みをたたえて得意げに弁じ立てた様子)。

[中略]

 ものうらやみし、身の上嘆き、人の上言ひ、露塵のこともゆかしがり、聞かまほしうして、言ひ知らせぬをば、怨じそしり、また僅かに聞き得たることをば、わがもとより知りたることのやうに、異人にも語りしらぶるも、いとにくし。
 (なんでもかでも人のことをうらやみ、自分のことについては泣き言を言い、人の噂話ばかりし、ほんのちょっとしたつまらぬことでも根堀り葉掘り知りたがって、しつこく話をせがみ、話してやらないと、うらんだり悪口を言ったりし、また、ほんの聞きかじった程度の話を、自分がもともと知っていることのように、ほかの人にも得々として受け売りしたりする、こんな人も実にいやだ)。

[中略]

 忍びて来る人、見知りてほゆる犬。あながちなる所に隠し臥せたる人の、いびきしたる。
 (人目を忍んで通って来る男を見知っていて、ほえる犬。人に見つかっては困る場所に、苦心してひそかに迎え入れて共寝した男が、いびきをかいたのは、人の気も知らないでにくらしい)。

[中略]

 ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく。羽風さへ、その身のほどにあるこそ、いとにくけれ。
 (ねむたくてたまらなくて横になったのに、蚊が細くやるせなげにプーンとうなって顔のあたりを飛びまわる。小さいその身体相応に羽風までごていねいに送ってよこすのが、ひどくにくらしい)。

[中略]

 きしめく車に乗りてありく者、耳も聞かぬにやあらむと、いとにくし。
 (ぎしぎしきしむ車を乗りまわす人。つんぼなのかしらと、ひどく腹立たしい)。

[中略]

 物語するに、さしいでして、我ひとりさいまくる者。すべてさしいでは、童(ワッパ)も大人もいとにくし。
 (話をしている時に、出しゃばって、いい気になって話の先廻りをする人。いったい、出しゃばりというものは、子供でも大人でも、ひどくにくらしいものだ)。

[中略]

 わが知る人にてある人の、はやう見し女のこと、ほめ言ひいでなどするも、ほど経たることなれど、なほにくし。
 (自分の現在深い仲になっている男が、以前に関係のあった女のことをしゃべり出して、ほめたりするのも、もうずいぶん前のことではあっても、それでも腹の立つものだ)。

[中略]

 蚤もいとにくし。衣の下に躍りありきて、もたぐるやうにする。
 (蚤もひどくにくらしいものだ。着物の下をぴょんぴょんはねまわって、着物を持ち上げるようにするのが──)。

[中略]

 あけて出て入る所、たてぬ人、いとにくし。
 (あけて出はいりする所を、しめない人、ひどくにくらしい)。


参考文献:
清少納言著、石田穣二訳注、『新版 枕草子 上巻』、「二五 にくきもの」、KADOKAWA、2013年。


 昔も今もかわらないにくきものもあるが、私が思うにくらしいものを並べてみる。


・確定申告
・いつ作ったのかを忘れたゆでたまごを食べておなかピーピーになるとか、本当に憎らしい冷蔵庫への私の過信。
・大きな音を立ててドアを閉める人、にくらしい。
・お酒を飲んで声や態度が大きくなる人、ひどくにくらしい。
・話の端々に自慢を入れてくる人、なんともにくらしい。
・車で走っていて側道から本線に合流しようとするとき、入れてくれない人。逆に、本線を走っていて、側道から無理やり合流してくる人、にくらしい。
・不労所得だけで暮らせる人、にくらしい。
・金にものを言わせる人、にくらしい。
・人の気持ちを勝手に忖度して都合のいいほうに勝手に曲げる人、にくらしい。
・蚊の音は昔も今も変わらずにくらしい。刺された日にはもう。
・不意に出てくるゴキブリ、にくらしい。
・どうして虫は逃げずにこちらに向かってくるのだ。にくらしい。
・大豆とか植物性のものでつくられた代替肉の食感は、ほぼ肉らしい。
・本日2022年2月9日は、肉の日らしい。

・・・

 「蚤もいとにくし。衣の下に躍りありきて、もたぐるやうにする。(蚤もひどくにくらしいものだ。着物の下をぴょんぴょんはねまわって、着物を持ち上げるようにするのが──)」。

 蚤、やっかいなヤツなのは今も昔も変わらない。変わらなさすぎてすごい。

 我が家の愛猫クロくんが野良から家猫になったばかり頃、クロくんの寝ているところに小さな黒い粒々がたくさん落ちていまして、何だろうと思ってネットで「猫 寝ている場所 黒い粒々」と検索したところ、ヒットしたのが蚤でございます。

 うぎゃっあ! となりまして、すぐに蚤の薬を注文。薬をつけると、翌日には「 ,」のような形の小さい粒があちこちひっくり返っておりました。さぞかしかゆかっただろうと思います。まめな掃除機、まめなコロコロ、まめな洗濯、ライフワークになりました。

 今はもう蚤を見かけることはなくなりましたが、暖かくなったらまた出てくるかもしれないので、引き続き、気をつけていきたいと思います。

クロ座小

蚤:「吾輩は蚤である。名前はまだない」
クロ:「吾輩は猫である。名前はクロである」


この記事が参加している募集

#猫のいるしあわせ

22,680件

最後までお読みいただき、ありがとうございます。スキ、コメント、フォロー、サポート、お待ちしております!