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BGM | #青ブラ文学部

窓口にやってくるお客様はご年配の方が多い。
クレジットカードも持たないし、ましてやスマホもパソコンも持たないのでインターネットバンキングもできるはずもない。

ATM操作を教えてあげても、なかなか覚えてもらえない方もいて、銀行員の悩みのひとつだ。

ヤガワさんは腰も少し曲がっていて目が悪く白杖で生活している。必ず窓口で現金払い出し、振り込みを行う。ご家族にはできるだけ迷惑かけないように、自分でなんでもやっているという。

「この銀行のBGMはずっとオルゴールね」

ある日、ヤガワさんが言った。
『白鳥の湖』が流れている時だった。

「そうですね。オルゴール曲です」

「昔バレエを習っていましたが、バレリーナにはなれませんでした。銀行員になりました」

自虐的につい余計なことをしゃべってしまったと後悔したが、ヤガワさんはにこにこ頷きながら、私のつまらない話を聞いてくれた。

そういえば、ヤガワさんがお見えにならなくなってずいぶん月日が経つが、何かあったのだろうか…いつも来てくださるお客様が窓口に顔を出さなくなると、色々と悪い想像をしてしまう。お客様は何百人といるのだから、いちいち気にしないようにはしていたのだが、ヤガワさんのことだけは気になって仕方なかった。

「あの… クボさんをお願いします」

「私がクボですが…」

「私、ヤガワ ヨシエの娘です」

「母は先月、他界しました」

「これをクボさんへ…とメモが残っていたもので、ご迷惑でなければ受け取っていただけないでしょうか」

支店長も窓口に出てきて、ヤガワさんの娘さんにお悔やみの言葉を述べ、その品物を受け取ってもいいと許可をもらった。

包み紙を剥がし、箱を開けると、それは小さなオルゴールで、ゼンマイを回すと『白鳥の湖』が流れた。

飾りのバレリーナがくるくる回っている。

銀行テラーの仕事がつまらないと、友人に会う度に愚痴をこぼしている自分が脳裏に浮かんだ。

恥ずかしい…

ヤガワさんの顔が浮かび涙がこぼれた。

「大事にします。仕事がんばります」

きっとヤガワさんは、不満を持ちながら仕事をしている私に気がついたんだ。

恥ずかしい…

私は辞めようと考えていた仕事をずっと続けている。

たまにオルゴールのゼンマイを巻き、ヤガワさんの笑顔を思い出していた。

この春、私は管理職に昇進した。

(おわり)



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