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"専門性"ってなんだ?専門性を"生かす"ってなんだ?〜「専門性を生かしたキャリアを考える」イベントレポ〜

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こんにちは、ゆーみるしーこと、青木優美です。2020年2月26日、「専門性を生かしたキャリアを考える」というイベントをTsukuba Place Labと共同主催で開催しました!(イベントレポ遅い)

 これは、ひょんなことから、登壇者の鴇田先生と

「意外と音楽業界と研究業界のキャリアについての問題点って似てる?」

という話になったことがきっかけでした。業界の垣根を超えてキャリアを考えてみたら面白いんじゃないか、ということで、音楽の専門である鴇田先生、科学の専門である私、青木と、スポーツ専門の板谷でトークイベントを開くことにしたのでした。

今回のイベントでは、結論は出さないことをコンセプトにしました。自分の「専門」を持ちながらも、悩みを抱える人たちが、ひとつでも多くの選択肢を見つけ出せるように、という思いで開催したのです。そのために、こんな流れでやりました!

1. 登壇者のトークパート
2. ワールドカフェ形式のディスカッションパート
3. 懇親会

トークパートで異なる分野の「専門家」について共通点を洗い出しつつ、ディスカッションパートで専門を生かすためのどんな道があるかを議論し合う形式にしました。最後に懇親会では、ざっくばらんに悩みなどを共有しました。

その結果、議論の中でで見えてきたキャリアの考え方についてのポイントは「専門性の定義」と「専門性の生かし方」、「専門性の時間変化」のように思えます。この記事では、イベントの全貌が分かるようにまとめつつ、私自身の視点を入れることで、同じような悩みを持つ研究者の方、専門家の方の助けになれればと思います。まずはトークパートから!

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"キャリアパス"全く見えず

最初に「専門性ははっきりしているがキャリアがまったく見えていない」私の話。博士課程後期に在籍している私の専門は、「素粒子物理」です。順当にいけば「ポスドク」と呼ばれる特別研究員(ここでいう"特別"とは任期付きの意である)になり、そのあと准教授など任期なしポストを目指すのが、基礎科学分野でアカデミアに残る人のキャリアだと思うのですが…

私はそのキャリアをおそらく選びません。どんなことをやりたいかというのをざっくり言うと、

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一番目の解説員や実験教室は、ただ単に好きだから。科学が好き、知りたい、と思う人に私が持っている知識を提供することには価値があると思います。

2番目については、私は母校の化学部のお手伝いをしていたり、高校に探求の時間についての相談にのりにいったりしている経験からです。そこでの課題は、学校の先生が、研究者がやるような研究のプロセスに慣れている方ばかりではないということ。私はまがりなりにも研究者としての教育を受けているので、この問題を解決する手伝いができるのではないかと思ったのです。

注)総合的な探求の時間:生徒自身が設定した課題について調べたり実験したりして探求活動を行う時間。(参考

最後に「科学・地域・政治をつなぐ」ということ。私が今やっている研究は「国際リニアコライダー計画」という、日本に新しい研究施設をつくろうという計画に関わっていて、これは巨大な科学プロジェクトです。ここまで巨大なプロジェクトだと通常の研究予算内ではできず、また国際プロジェクトなので費用を国際分担する必要があり、さらに建設候補地の地域の方々との対話も不可欠です。ここから、この研究に関わるさまざまな立場の人たちをつなぐ存在が必要なのではと考えるようになりました。

しかし、キャリアを「就職」と考えた時にこの「やりたいこと」には問題が多いです。あまり深く考えられてはいないのですが、パッと思いつくものだと以下のような問題です。

キャリア.002

行き当たりばったりな人生を歩んでいるのでまだ将来に対しての解像度が低いのですが、このイベントをきっかけにどんなキャリアを描くか真剣に考えてみたいと思っています。

"15000人"。これなんの数字?

次は「音楽家」である鴇田英之先生のお話。鴇田先生は金管楽器の指導塾の傍ら、茨城"おとのわ"プロジェクトという、音楽家と市民をつなぐプロジェクトを行っています。

そんな鴇田先生がスライドで出した数字がこちら。

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「これはなんの数字でしょう?」

元教師らしいはきはきとした声と絶妙な指名のタイミングでみんなの意見を引き出していきます。さすが。

「演奏家の2時間の演奏料?」

「日本でオーケストラに入っている人の数?」

口々に当てようとするが正解はおらず。

「実はこれ、音楽を専攻している学生の数なんです。この統計によれば、年間4000人ほどの音楽家が世に輩出されていることになります。しかし、みなさん音楽家の知り合いいますか?街を歩いていて音楽家に出会いますか?そう、「音楽の専門家」は多くいれど、さほど身近には感じていませんよね。」

この、音楽家はたくさんいるが、世に広まっていない、気軽に音楽家の演奏が聴ける機会がないという課題を解決すべく始めたのが"おとのわ"なのだそう。現在地域で音楽に触れる場所をたくさん作るべく活動中。

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この話を聞いて、研究者も同じかも、と思って、博士課程に在籍する理学系の学生数を調べてみました。令和元年度学校基本調査「専攻分野別 大学院学生数」によると理学系の博士課程学生で3年次の学生数は1917人。つまり1年に1900人の理学の専門家が生まれていることになります(3年を超えて在籍する学生もいるのでもう少し減ると思う)(ちなみに物理学だけで言うと450人程度)。音楽と単純に比較はできないでしょうが、なんとなく少ないなあという印象を受けました。

"専門家"は自分の専門をわかっていない

最後に、この春からサッカーコーチとして働く板谷隼

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Touch ID、右手の親指反応しないとかいじめだよね。

印象的だったのは、

「スポーツをやってる人は自分の専門をわかってないんです。」

という言葉。周りの人がみんなスポーツをやってるとそれが普通になってしまって、自分の強みだと思っていない。たとえ大学3年までサークルやクラブでスポーツを頑張ったとしても、大学3年までで辞めてしまうと、逆に「最後まで全うできなかった」と引け目に感じてしまい、「自分の強みだ!」と言えなくなってしまう人が多いのだそう。

これに気付きにくいというのが、キャリアを作っていく上での落とし穴だ、と。

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専門を生かす3つの方法

さて、ディスカッションパートでは「専門を生かすにはどうしたらいいだろう」というテーマを中心に話が進みました。その中で出てきた意見を大雑把にまとめると、次のようになります。

1. ストレートにメインの専門性を仕事にする
2. いくつかの専門性を組み合わせて仕事にする
3. 専門を仕事として生かさない

1.はいちばんわかりやすい例ですね。スポーツだったらスポーツ選手。学問だったら研究者。しかし、ちらほら見られた意見が「上には上がいる」。明示的に議論の中では出てこなかったのですが、今回のイベントでは、「天才ではない人がどう生き残っていくか」という点にフォーカスしていた気がします。天才や何があろうとその道で生きていく、と決めた人は、迷わずその道を行けばいい。でも、当日の参加者はそうではなかった。

そこで、2. の発想が出てきます。なにも天才的な一つの才能がなくても、いくつか自分のできることを組み合わせて生きていく。実際、登壇した私、鴇田先生、隼は、それぞれ自分の専門と「教育」を掛け合わせた活動を多くしています。多くの参加者がこれには肯定的だったように思います。

ただ、懸念もいくつか示されました。例えば、いくつかの専門性を組み合わせると、それは「Only One」の専門性になります。そうすると、世間に認めてもらうことは難しくなる。だから、正当に価値を認めてもらうには、うまく広報して、理解される価値に落とし込まなければならない。

また、現在「複数軸」、つまり専門を組み合わせ、いくつかの仕事を両立している鴇田先生からは、こんな指摘も。「複数軸の楽しさと難しさはある。多方面と連絡をとったり、タスク管理をするのは、結構大変。だけど、一方で得た気づきを別の仕事に生かせたり、結局全部がつながっていて、全体として高まっていく。」

最後に、「専門を仕事として生かさない」という選択肢も示されました。「専門性を生かす」というだけなら、なにも仕事に無理に生かさなくてもいいじゃないか、という意見です。仕事も、なりたい自分になるための自己実現の一部、と捉えるなら、専門を仕事にしようと考えすぎて苦しむよりは、なりたい自分にフォーカスしたらどうか。つまり、専門家は専門に縛られすぎている、と。なるほど。確かに私の「やりたいことが仕事にならない」という悩みには、「仕事にしなければいい」というひとつの解があることがわかりました。もっと柔軟に考えてもいいのかもしれない。とはいえ、身に付けた専門というのは、それなりに人生かけてやってきたことなので、(仕事として)捨てるというのはそれなりに勇気がいることですね。

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そもそも"専門"とはなにか

この議論をする中でちょこちょこ出てきた言葉が、

じゃあ結局『専門』って何?

そのアンサーのひとつは「自分が楽しい、と思うことが専門」ということ。自分が楽しいと思っていなかったら続かないだろうし、自分でそのことを語ろうとは思わないでしょう。「研究が嫌いな研究者」なんて想像つかないもんね。この考えなら、さっきの専門を生かす方法3の、「仕事として生かさない」という選択肢も納得です。「仕事にしてないと専門じゃないの?」と言われればそうじゃない。在野研究者だって多くいます。

もう一つは「人から『〇〇さんは△△の人』と語られること」。これは登壇者の隼の意見。(きっと詳しくは彼のnoteで書いてくれると思う。)

彼の専門はスポーツ競技としては「サッカー」。しかし、競技者として、とともに彼はサッカー指導者でもある。更に言えば修士論文のテーマは「スポーツ」鬼ごっこ。

サッカー専門。

サッカー指導が専門。

スポーツが専門。

どの場所に属するかによって、どの専門性なのかというのは変わる。でも、多くの隼のような競技者は自分を「サッカーが専門」とは言わないのだそう。なぜなら、プロのトップ選手ではないから。専門を生かす方法1で、

「上には上がいる」

という話をしたけれど、

「じゃあトップじゃなければ専門じゃないのか?」

答えはきっと「No」。隼は確かにサッカー選手ではない。でも私は少なくとも「隼はサッカーの人」だと思ってるし、当然私よりサッカーができる。いつか教わりたい。もしかしたらサッカー競技者の中にいたら「サッカーが専門です」とは言えないのかもしれないけど、サッカーをしていない私にとっては隼はサッカーの専門家。

これは非常に納得で、私自身も同じはず。狭いコミュニティでは「測定器専門です」と言うし、もう少し広い範囲でなら「素粒子実験です」と言うし、もっとざっくり言うなら「物理やってます」と言うこともあります。ただ、自分では「物理が専門」とは言いづらい。なぜなら物性物理や核物理は専門と言えるほど勉強していないからです。しかしそれでもはたからみたら「自分より物理を知っている人」になる(はず)。私はあるところでは「物理の専門家」です。

専門性の価値とその時間変化

最後に、このイベントで私が1番気づきを得たのは、「専門性は時間変化する」ということ。私は、専門家とそうでない人の区別という「専門家の入り口」にばかり目を向けていたのですが、「専門家の出口」という発想はなかったです。例えば、10年前、こんなに機械学習が流行るとは予想していなかった。スマホアプリなんてものを考えたこともなかった。新しい「専門家」が続々と生まれる一方で、使われなくなった技術の専門家、というのもいたはずです。そうなったとき、その専門家は別の道をまた模索することになります。専門性が「使えなくなる」とき、つまり寿命を見極める必要もあります。寿命が尽きる前に、自分の専門をどちらに向けるか、舵を切っていかなければならない。そう思うと、例えある分野の専門家であっても、さまざまな他の分野へのアンテナは折ってはいけないな、という気になりました。

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一本道を歩きながら脇見をするように

私は少し前まで、「ここまでやったのだから絶対に研究者の道を歩まなければ」という気持ちが心の奥底にありました。たいして出来も良くなく、努力の量もたかが知れている。業績もなければ、賞を取ったこともない。本当に研究者としてやっていけるのか、という不安ばかりが押し寄せて一時は体を壊しかけた。その気持ちは断崖絶壁の一本道を歩いているようなもので、決して安心できるものではありませんでした。しかし、ふと脇見をすると、実は断崖絶壁だと思っていたその道は、横道もありました。なんなら歩いて渡る必要すらなく、パラグライダーを使ってもよかった。やりようはいろいろあるのだ、ということに気づいたのです。

改めて、このイベントで得た気づきをシェアすることで、同じような悩みを抱える人たちの助けになればと願います。


🚩登壇者
青木 優美 (Yumi Aoki)
栃木県小山市出身。総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学研究科素粒子原子核専攻4年(D2)。専門は素粒子実験のための測定器の開発と物理シミュレーション。実験プロジェクトや素粒子のアウトリーチ(研究の市民への広報活動)に力を入れ、参加・登壇したイベントや講演会は4年間で30回以上。「科学の楽しさを楽しく伝えたい!」「科学をみんなで考える」の2軸から活動を展開。最近のマイブームは物理アクセサリー作り。ただいま人生のラグランジアンを求めて迷走中。

鴇田 英之 (Hideyuki Tokita)

茨城県水戸市生まれ。
国立音楽大学卒業。同大学院修士課程修了。
元公立中学校教諭。
鴇田金管奏法教室代表。
茨城"おとのわ"プロジェクト代表。
江戸川学園取手中学校・高等学校吹奏楽部コーチ。
茨城県吹奏楽連盟県南地区理事。
演奏時に思うように体を動かせなくなるフォーカル・ジストニアの克服を経て、金管楽器の教室を開業。
現在は、管楽器の個人レッスンや吹奏楽部指導の他、コワーキングスペースでの音楽の授業や、演奏家と地域の場をつなぎ気軽に生の演奏に触れることができる機会(演奏の仕事)の創出を目指した活動など、たくさんの方がより一層音楽を楽しめるような環境作りを目指し活動しています。

板谷 隼 (Hayabusa Itaya)
筑波大学大学院でサッカーコーチングやスポーツ心理学を学ぶ院生(M2)。小学生からサッカーをはじめ、現在はコーチとして大学生や小学生の指導にあわせて7年間携わる。サッカーを通じて地域コミュニティの魅力に触れ、「クラブづくり×まちづくり×ひとづくり(教育)」に関わっていきたい。最近の悩みは、引っ越し間近なのに荷物がどんどん増えていること。好きな女性のタイプは、「ゴール前で体を張れる人」。

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