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地獄のぜい肉退治~仙台松島往復マラソン(中編)~

まずは仙台の街中を走る.前日しっかり寝たおかげで身体が軽く,ギョーザを食べたりしなくて本当に良かったと思った.しかしなんと言っても年末の早朝なので信じられないほど寒い.この寒さが快感に変わるほどのドM度は持ち合わせていなかった.
だがそれもしばらく走れば解消された.身体の温まった私たちは次第に余裕をぶっこき始め,写真を撮ったり,おすすめのプロテインは何かといったトークでイキり散らかしていた.

スタートからしばらくすると日の出の時刻になり,
「これは俺たちが日の出を見るために建設されたのでは?」
と思えるほど丁度いい眺めの橋があった.ここで見たご来光は壮観だったので,
「よっしもうこれが初日の出ってことでいいや!」
と心の中で勝手に年を越していた.ガキ使を見ないで年を越したのは小学校低学年以来の大事件である.
しかし,自然現象を無断で前借りした私に早速天罰が下ったのか,その数分後に右ひざがキシキシと痛みだした.

開始10km地点という超序盤ではやくも爆弾を抱える羽目になった.アイアムボンバーマン...
これはヤバイぞ.少し休んでストレッチしないと後々ひどくなるかもしれない.しかし,Gの支援者という立場でもある私が
「序盤でボンバーマンになった」
というやたら濁点の多い事実は精神的にGを追い詰めるだろう.この痛みを悟られてはマズイと思い,黙る.
痛みを隠して走るというのは漫画の主人公にでもなった気分だ.悲劇のヒーロー参上.可愛いヒロインが私の顔を覗き込んで
「あなたが無理してるってこと,分かってるんだから」
と言って微笑みかけてくれる場面を想像してニヤついていたが,ふと横を見るとそこにはエッホエッホと呼吸を刻むマッチョしかいない.男臭い現実を呪いながら足を動かした.

***
しばらくすると多賀城市の看板が見えた.やった!仙台脱出である.
真っすぐ走るだけという謎解き要素ゼロの脱出ゲームをクリアし,ドMたちの士気は上がった.
多賀城市を抜けると塩釜市に入った.ここで一度コンビニ休憩を取る.
急に場面が飛んでしまったが,多賀城市は国道45号線を通るだけで終わってしまったため,特に書くことが無かったのだ.わずか3行で片付けられてしまった多賀城市民の皆様にお詫び申し上げたい.

コンビニに寄った目的は水分補給である.自主トレなのでマラソン大会のような給水所は無い.水分を購入し,ウェストポーチに突き刺す.そして当然のようにGはプロテインバーを頬張っていた.この食欲にしてこの筋肉あり.長い休憩は身体が冷えるのでかえって良くない.早食いはもっと良くないかもしれないが,プロテインバーを速く食えとGを急かし,再スタートを切った.

この後速くも私のスマホの充電が死んだり,Gの胸に巨大な汗ジミが発生して気持ち悪くなるといったトラブルがあったが,無事塩釜市を抜け,利府町に入った.ここから少しアップダウンが激しくなり,人通りも少なくなる.利府町を超えるといよいよ松島町だ.往路のゴールは着実に近づいている.しかし利府町に入ってすぐ,私たちはあるものを失うことになった.

「あ! ほどうが ない どうろが あらわれた!!!」
というテロップと同時に,脳内にポケモンのBGMが流れる.

ドMはどうする?  はしる   ポケモン
          どうぐ  ▶にげる

にげられない!!!

仕方ないので車の邪魔にならないよう路側帯に縦一列で走ることにした.とはいえ常人の3.5倍の肩幅を誇るGはバチボコ邪魔だったと思う.
私たちを抜き去る時に車のエンジン音が一段上がるのだ.
ウ"ォォォォォォォォォォン!!!!!
という感じで明らかにドライバーはイラついている.そんなこと言ったってしょうがないじゃないか~というえなりかずき風の言い訳が思わず飛び出た.だって私たちだってイラついているのだ.何にって?山ばっかりの利府町にだ.だいたい海を目指してるはずなのになんでこんなアップダウンだらけなのだ.せめて歩道作れよもう!!!走りにくい!!!

利府への理不尽な怒り(ドヤ顔)

これを帰りも走らなければならないと考えると気が重い.口数も減ってきた頃,ふと山道が開け,遠くの景色が見えた.

海だ.

残念ながらこの時にはもうどんよりと曇っており,朝日に照らされた水面がキラキラしていた,みたいなイキった表現は使えない.しかし海が見えてからの足取りは自然と軽くなった.海なし地域出身の奴らはかくも単純である.アップダウンは依然激しいままだが,憎き利府町を抜けて松島町に入ると一段とペースが上がった.遂に目的地の名前の町に入った.ぐんぐん進む.自然と箱根駅伝5区を走っているような気分になった.東北の学生で箱根に出たのは私たちが初めてである.やはりもう年は明けたという事にして良いだろう.
最後の坂を上り切ると,松島を見渡せる場所に出た.松島の観光ホテルが見える.入り組んだ海が見える.あれが俺たちの芦ノ湖だ.最後の下りに差し掛かる.トンネルを抜けると勾配が無くなった.もう土産物屋も射程圏内.そしてだだっ広い海浜公園を抜けると

「ようこそ松島へ」

の看板が目に飛び込んできた.本当に松島まで来てしまった.松島に行くとなればまずは車の確保から始めなければならないような,あの日本三景の松島である.多賀城市民と利府町民を敵に回すという代償は大きかったが,ドMたちはなかなかの達成感に包まれていた.

***
ここでは少し長めに休憩をとる.
その辺にいた警備員や土産物屋のおばちゃんに仙台から走ってきたとドヤ顔を決めまくり,観光客には「どうせ君たち電車か車で来たんだろ?それじゃあダメなんだよな」とマウントを取りまくるクソ野郎と化していた.もちろん心の中で.
休憩の大きな目的はエネルギー補給だ.復路を走り抜くためには多めに栄養を摂っておく必要がある.エネルギー源は宮城の定番「萩の月」と松島限定グルメの「ずんだメロンパン」と決めていた.もちろんここではメロンパンを凍らせたりしない.もしGが凍らせようもんなら鉄拳制裁を加えていただろう.
こいつらがもうもんのすごく美味しかった.Gに食リポを求められたとき,「バカうめえ」という語彙力0%の言葉しか出てこなかったが,表現としてはそれで十分だった.人間本当においしいと感じている時は5文字しか言葉が出ない.TVでやたらと感想を語る食リポは全部嘘っぱちだということが分かった.

本当はもっと松島を堪能したかったが,だんだん雲行きが怪しくなっており,雨を避けるために早く帰らなければならない.だったらいっそ帰りは電車でいいじゃな~い♪
という悪魔の囁きが聞こえたが,それじゃハーフマラソンしか走ってないことになる.武勇伝としてドヤるためにはやはり往復は必須だ.箱根駅伝は復路があってこそ.それに負けるわけにはいかない.
みちのくのドM箱根ランナー2人は松島に別れを告げ,心と身体に鞭打って復路のスタートを切った.

〜後編へ続く〜

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