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姉の恋

現在50歳を少し越える4歳年上の姉は、中高とお堅い女子校に通い、知る限りボーイフレンドなるものはおらず、ひたすら『ロック命』を貫いて生きてきた女性だ。それは今もでも変わっていない。

規則が厳しい私立女子校だったので、ロックなんか、コンサートなんかに行くことは当然禁止だった。でももちろん行っていた。
軽音楽部なるクラブに所属し、表向きはクラシックを主にギターを弾き語るクラブだったけれど、主(裏では)の目的はもちろん、ロックだった。
コンサートに行っては見つかり、母が始末書を書くことを繰り返していた。
学校側が、クラッシックだけを音楽と認める言葉に、呼び出された母は「ロックだって音楽です」とクラシック好きの母は厳かに言い放ったそうだ。その後で「もう始末書は書きたくないから見つからないでよ」と姉に言った。だから姉は見つからないように、厳かにコンサートに行き続け卒業を迎えた。

ださい制服はとっとと処分し、卒業すると即ピアスを開けに行き、短大に通いながら、毎週末あちこちのライブハウスに通っていた。
そして、短大の時も男子の影は全くなく、ひたすらライブハウスとロックだった。

そんな姉が短大を卒業し、就職をした会社で初めて恋をした。

女子一色の8年間の学生生活から、男性も入り混じったそれもアパレル関係の会社だった。姉はロックの他に服も大好きだった。高校を卒業したら服飾専門学校に行くことを切望していたのに「専門学校は大学ではない」と学歴主義の父に反対されて短大に行ったから、希望の職場につけて嬉しかったに違いない。
そしてそこで出会ってしまった。きっと初恋だったであろう恋の相手に。

毎日楽しそうに仕事に行っていた。職場の同僚との関係も良かったと思う。
週末もよく遊びに出ていた。そしてどこか優しく、柔らかくなった姉だった。

ただ恋に純粋で無垢な姉の最初の恋の相手としてはかなり無理があった。
その人には妻子がいた。
多分気がついたらすごく好きになっていたのだろう
どうしようもなく・・・・
純粋に、ただ純粋にその人が好きになってしまったんだろう。
そして純粋に彼の言葉を信じてしまったのだろう。

ある日その妻から「話があるから、会いたい」と連絡が入り、その恋は終わりを迎えることになった。

激しい打撃と悲しみの中にいたはずの姉は、そんな態度は一切見せずに毎日を過ごしていた。同じ会社にも通い続けていた。
その時に感情の切断の仕方を学んだように。

それからその会社を退社し、別の会社に就職したけれど、男性の影は無くなった。
心配した母はお見合い話を何回か持ってきて、最初は抵抗していた姉も無駄に抵抗のエネルギーを使う事はやめた。何度か持ち込まれた相手と会ったけれど、彼女の趣味、特に音楽や他の好みに合う相手に巡り合う事はできなかったようだった。

その後男の存在はあった。けれど公にすることなく、結婚するでもなく、終わって行ったのか一人の時間は変わらず満喫していた。
彼女に言いよる男性はかなりいた。電車に乗れば外国人からの声をかけられることも多かった。でもそんな誘いにもなびかずにいつも冷静にしていた。

今も姉は一人でライブに頻繁に通い、好きな洋服や靴を大切に何年も愛用し、言い寄ってくる男には真剣には眼もくれず、気が合う友達とは食事に行き、彼女は細いがとても食いしん坊でよく食べる女性でもある。

今の彼女を射止めるには、相当ハードルが高くなっているのでかなりの努力が必要だろう。

でも涙もろく、完璧なようで実は抜けている、よく迷子になる女性だとはあまり知られていない。                        姉はまだ純粋に人を好きになる気持ちを持ち続けている人だ。
その高く見えるハードルが、実はよく見れば優しいハードルだとわかって越えてくる人がいつかきっと現れる事だろう。





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