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小説「まなざし」

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交通事故で聴力を失った女性、瞳美と彼女と生きることを選んだ恋人の真名人。音のない世界で、彼女のまなざしは何を語ろうとしていたのか。 普通の恋人と同じように愛し、すれ違い、味わうこ…
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#聴覚障害

まなざし(29) 急転

まなざし(29) 急転

真名人くんの実家は、私たちの住んでいる街からおよそ1時間の場所にあった。先週遊びに行った桜川と同じくらい時間がかかるけれど、方向的には真逆。二週連続でちょっと遠くまで足を伸ばすのは久しぶりかもしれない。

この二週間で、とにかく私の人生は急転した。しかしこの感覚は初めてじゃなかった。

14歳のあの日、親友だった佐渡歌が突然この世から去ってしまったとき。
20歳の誕生日、交通事故に遭い、目が覚めた

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まなざし(28) 好きになってほしくて

まなざし(28) 好きになってほしくて

隣にいる彼女が、ぽかんと口を開けて目の前に差し出された婚約指輪を凝視していた。

結婚、という言葉を人生で初めてまともに使ったような気がする。
小学生の時、教室で仲の良い男女がいれば、
「お前ら結婚するんだろー?」
とからかった記憶がある。
高校ではバスケ部の同期の友人が、付き合っている彼女と「結婚したい」と惚気ていたのを聞いて、中島と一緒に「絶対今の女と結婚なんかしねーだろ」と呆れ気味にそいつを

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まなざし(27) 四角い包み

まなざし(27) 四角い包み

ゆったりと流れる川の上を、船は抵抗なく進んでゆく。波に揺られながら海を渡るのともまた違う。波のない穏やかな水面は、ただそこにいるだけでとても居心地が良かった。

「さあ皆さん、ここから約1時間、周りの景色や水上の居心地を楽しんでください」

船が動いている間ずっと、陽気な船頭さんが櫂で水をかきながら、船に乗っているお客さんたちに左右に見える景色の説明をしてくれた。
途中で背の低い橋が現れた時には、

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