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アセクシュアルのカルチャーで振り返る2023年

他者に性的惹かれを抱かない性的指向、アセクシュアル(アセクシャル)。ここ数年、在野研究のためにアセクシュアルの情報を集めており、いつかこれを使って何かしら書きたいなと思っていた。そこで、ひらめいた。今年一年のあいだで発表されたアセクシュアルを描いたカルチャーについて語るのはどうだろう。アセクシュアルを描く作品は年々増えており、網羅するのも難しいほどに作品が次々出ている。そんな状況だからこそ、今年のアセクシュアルをカルチャーで語るのはいいかもしれない。

なので、今回は2023年に発表されたアセクシュアルのカルチャーの中から、厳選したものを語ることにした。


アセクシュアルのカルチャーとは

  1.  主人公もしくは主要キャラクターがアセクシュアルまたはアセクシュアルに近いグレイセクシュアルやアロマンティックなどとして、作品内で描かれているもの。もしくは、アセクシュアルに関して論じているもの。

  2. 作品内でアセクシュアルと描かれていないが、作者のインタビューなどでアセクシュアルのキャラクターだと言われている作品は除外とする。


簡単なまとめ:2023年のアセクシュアルはどうだったか

今年2023年は去年の2022年と同様、さまざまな媒体でアセクシュアルを見かける一年だった。去年にNHKで放送された『恋せぬふたり』以降、アセクシュアルの知名度は確実に上がり、今年はさまざまな媒体や作品などでアセクシュアルが取り上げられることが増えた。来年以降も引き続き、このアセクシュアルブームが続くだろうと考えている。


【以降、ネタバレ全開で作品を語っています!】




テレビ東京『今夜すきやきだよ』 (ドラマ)


今年の2023年の1月から3月にかけて、テレビ東京で漫画が原作のドラマ『今夜すきやきだよ』が放送された。本作のダブル主人公のうちの一人が他者に恋愛的惹かれを抱かないアロマンティックで、女友達同士で共同生活するグルメドラマだ。

基本的には、前半にフェミニズムやアロマンティック特有の社会問題を主人公たちを通して重くならない程度に描き、後半でおいしいグルメ食べてオッケー的な流れで物語がゆっくり進んでいく。なので、脳を使わずに垂れ流して観るのにはちょうどいい。

けれど、ドラマのストーリー展開が遅く、テンポが悪い。そして、本作の主人公のアロマンティックという設定を活かしきれていかなったように見えた。このドラマにとってのアロマンティックは従来のドラマとは違った部分であり、尚且つ重要な要素だ。しかしながら、アロマンティック視点で描くシーンよりも、フェミニズム視点での女性特有の問題を描くシーンのが目立っていた。また、去年2022年1月にNHKで放送されたアセクシュアルが主人公のドラマ『恋せぬふたり』の一年後に本作の放送がスタートしており、二つとも同じ共同生活モノだったので比較してしまう。『恋せぬふたり』が恋愛や家族に関して徹底してアロマンティック・アセクシュアル視点から描いた作品だったからこそ、『今夜すきやきだよ』はその要素が薄めで物足りなく感じる。せっかく、アロマンティックという原作にはないドラマオリジナルの設定があるのだから、もうちょっとアロマンティック視点での結婚や家族に関して触れるシーンを増やしたほうが面白くなったはず。主人公にアロマンティックというキャラ設定を入れたのもよかったし、アロマンティックの役を演じるトリンドル玲奈も意外性があってよかった。やり方次第ではもっと面白くなるドラマになりそうな作品だった。


アンジェラ・チェン『ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと』 (エッセイ)


5月19日には、アンジェラ・チェン『ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと』という本が左右社から発売された。フィクションではないアセクシュアルの翻訳本としては二冊目。一作目は2019年。かれこれ数年ぶりに新しいアセクシュアルの翻訳本が今年やっと出たのだ。

本作は、アメリカ在住のアセクシュアルの著者が当事者たちにインタビューをしつつ、アセクシュアルの視点から恋愛や性などを語るエッセイ。この本を読むと、いまのリベラルから見たアメリカのアセクシュアルがどんな感じなのか伝わってくる。だが、あくまでもアメリカでの話だなと思わざる終えない部分が多く、キリスト教があまり広まっていない日本とは違うなと思いながら読んでいた。根本的な部分でのアメリカと日本の宗教や文化などでの差異が、恋愛や性に現れてくる。もし、この本を通して日本のアセクシュアルについて考えたいと思うならば、日本とアメリカの違いを意識し、少し距離をとって読むことをおすすめする。

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ところで、「強制的性愛」という言葉を聞いたことあるだろうか。今年は、強制的性愛という用語をメディア上で見かけるようになった。『ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと』にも出てくる、強制的性愛。毎日新聞の訳者へのインタビュー記事(★1)を読むと、強制的性愛とは性的であることを前提とする社会のあり方を指すと書かれている。強制的性愛の社会では「すべての人が性的誘惑に対して葛藤するはずだ」や、「交際相手とは性的な関係を伴うのが自然だ」という考え方が当たり前となると記事には書かれている。けれど、日本では強制的性愛はどうなのだろうか。「交際経験がなし増加」という言葉がニュースで流れてくる昨今の状況(★2)は、強制的性愛というほどまでに日本で性愛が強制されているのだろうか。アメリカとの恋愛や性に対しての違いをこの本ですごく感じたからこそ、強制的性愛という言葉をアメリカの文脈のままで日本で使うのは難しいのではないかと考えているが、果たして今後どうなることやら。



伊咲ウタ『ヒロインにあこがれて』 (漫画)


6月26日には、祥伝社FEELで伊咲ウタの『ヒロインにあこがれて』という読み切り漫画が配信された。少女漫画が好きな恋をしたことない女子高生が恋愛に悩み、少女漫画に助けられて成長していく物語。主人公は、あることをキッカケに告白される。現実での恋愛に悩む主人公。熱心に読んでいた作品内で連載されている少女漫画を通して、自分がアセクシュアルだと気付く。

全体的にテンポよくストーリーが描かれおり、面白かった。とくに、主人公が熱心に連載を読む作品内での少女漫画の物語と現実の世界での物語を交互に描いてリンクさせる構成がとてもよかった。典型的なロマンティックラブを描かれたものとして、人びとに認識されている少女漫画。本作は、主人公の物語をまさしく王道の少女漫画のように進めながら、ロマンティックラブではない恋をしないアセクシュアルの物語を描く。実験的な作品であり、もともと少女漫画が抱えている問題を描き、定型から抜け出した作品でもある。今年出たアセクシュアルのカルチャーでダントツに面白い。伊咲ウタは前にも、講談社KISSでアセクシュアルを主人公にした少女マンガ『きみのせかいに恋はない』を出している。それも素晴らしかったが、今回の『ヒロインにあこがれて』はそれを超えた作品だった。良い作品に出会えてほんとうによかった。

じつは、先ほどあげた伊咲ウタの『きみのせかいに恋はない』が英語版として、今年の2023年1月に電子版と紙の本で販売された。カルチャーはときに世界を跨ぐ。日本のアセクシュアルを描いた作品が少しずつ世界に広まっていると思うとなんだから嬉しい。



さいごに───アセクシュアルは愛を問う


今年も網羅するのがかなり大変になるくらい、アセクシュアルのカルチャーがたくさん出てきた。正直なところ、すべて追えていない。だがしかし、私が把握している限りでは、年々アセクシュアルのカルチャーが確実に増えている。また、来年2024年もすでにアセクシュアルが主要キャラとして出るドラマが1月からスタートする。来年もまだ引き続き、このアセクシュアルブームの状態が続きそうだ。

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アセクシュアルは現時点では、性的マイノリティの新たな存在として人びとに認知されている。がしかし、アセクシュアルを性的マイノリティだけではなく、もっと別の角度から見るべきだと考えている。なぜなら、アセクシュアルはいままでの恋愛そのものを問う存在であり、近代以降に出てきたロマンティックラブからの愛と性をガラリと変えるキッカケのひとつになるからだ。そして、それは恋愛結婚で成り立つとされている家族にも影響していく(★3)。

アセクシュアルは性的マイノリティの新しい存在というより、歴史的にそうなる必然性があって出てきた存在だと私は考えている。それらをしっかり言葉にして形にするのにまだまだ時間がかかりそうだが、いつかどこかしらで発表できるようにしたい。

個人的な話だが、今年はあまりアセクシュアルの在野研究ができなかった。病気で寝たきり生活の中で在野研究をしているので、どうしても病気自体が悪くなると全てが止まってしまう。しかし、それでもやり続ける。来年以降も引き続き、愛を問い続けていく。




★1 「性行為は自然なこと? アセクシュアルが問う『強制的性愛』の社会」、毎日新聞、2023/12/28閲覧。
https://mainichi.jp/articles/20231124/k00/00m/040/292000c

★2 「20代“交際経験なし”急増? 30代男女『恋愛は時間とお金の無駄』増加傾向…理由は?」、日テレNEWS、2023/12/28閲覧。https://news.ntv.co.jp/category/society/879c97c6e3dc43e18191f3ada9a05c30

★3 近代以降の恋愛の歴史やその流れについてさらにもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事を読むことをおすすめする。 さやわか「愛について──符合の現代文化論(3) 少女漫画と齟齬の戦略(前)」、2020年02月28日『ゲンロンβ46』。
https://webgenron.com/articles/gb046_01




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