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2022年、何を、どうやって、どのくらい聴いたのか

Spotifyまとめによると79,000分くらい音楽を聴いたらしく、勿論もっと聴いてる人はいるんだろうが、結構忙しい中で割と聴けた方ではないか。寝る前はラジオ流しながらベットに入っているため、79,000分間は意識的に音源に耳を傾けた筈だ。

ところで、音楽の聴き方も何を聴くかもバラバラになったこの時代でみんながどのように音楽を探し聴いているのか聴いて回りたくなる衝動に時折駆られることがある。過去のディスコグラフィーを振り返るのも、新譜を追うのも、特定のジャンルを掘り下げるのも、同じルートで行った人などいないだろう。

本当はTwitterのスペース機能でその辺のことを聴きたいのだけど、まずは自分の1年間を振り返りたく「2022年、何を、どのように、どのくらい聴いたのか」と題し音楽事情を振り返る。本当に振り返るだけなので日記みたいなものとして読んで欲しいです。

まず、私がどういう指針で音楽を聴いているかを文章に残します。基本的にアルバム単位で聞くことが多く、「特定ジャンルのディスクガイドの掲載作品:新譜:好きな旧譜:思いつき」を「4:4:1:1」くらいの割合で聴いている。ディスクガイドは掘りたい・知りたいジャンルを中心に買っていて、今年はポストロックディスクガイド・ミューマガの電子音楽特集・ブラジル音楽特集からサブスクにある作品を片っ端から聞いていた。徐々に自分の中で樹形図ができ上がっていく感覚は何事にも代え難く、修行というよりジョギングくらいの負荷故の気持ち良さなのでめちゃくちゃ性に合っていると感じます。新譜はTwitterのおすすめ音楽紹介さんとAOTY、Pitch Fork、Nice play Musicといったメディアを用いて探す。あとはTwitterのタイムラインで話題になっている作品を聴く。こうして新譜は週10枚くらいは一回通して聞いて、気に入った作品はリピートする。もう手一杯なのだけど、ふとRadioheadが聞きたくなったりアートスクールが聞きたくなったりするのでダウンロードしてイヤホンから耳に垂れ流す。こうして一週間が終わる。

どうやって聴いた音楽を記録しているか、なのですが、これは単純で聴いたアルバムの一曲目を「ALL LISTENED ALBUMS」と題したプレイリストにぶち込んでいる。そしてなるべくTwitterで呟く。たまにnoteで書く。Excelとか活用すれば良いのだろうがなかなかうまく扱える気配が無い。

年明け

新年度早々、King Kruleに突如ハマった。2020年の新作をきっかけに名前を知ったのだが正直聴き方が分からなかった。ヨレヨレのリズムにはっきりしたメロディーを歌わないのが非常にもどかしく、同じイギリスの雰囲気を纏うJoy Divisionにあるスカスカだけど結構かっちりしたビートの気持ち良さも感じず、2022に持ち越した。そしてライブ盤「You Heat Me Up,You Cool Me Down」を聴いて目が覚めた。ドラムは躍動しているしボーカルはシャウト寸前で危うさがある。強靭な肉体をねっとりした空気が包んでいる感覚にヒリヒリする。改めて音源を聞き返すとPortisheadの雰囲気もありスッと体に馴染んだ。この流れでunknown motal orchestraとか、スライ・ロビーとかYank!とか聴きました。ちょっと春めいていく酔いどれた町にめちゃくちゃ合った記憶がある。

孤独な王子

毛玉・家主といったはっぴぃえんど・中村一義から連なるインディーフォークポップ、Innner WaveやCut Copyといったエレクトロポップを挟みつつ次にハマったのがプリンスでした。大好きな岡村靖幸や星野源のリファレンス元だし親が車で流してたのもあり、聞いてはいたのですが、こんなにハマったのは初めてでした。単純に「I Wanna Be your Lover」はキャッチーな名曲として歩きながらルンルン聴いてたし、「Purple Rain」も父の部屋のレコードをパクッて聴いたりしたのだが、「Sign O'The Times」が最もしっくり来た。アナログドラムマシーンの無機質さと温かみに歌声とウワモノが揺蕩いながら絡む様子がかなり新鮮に映った。フランクオーシャンや星野源「Pop Virus」との共鳴もようやく踊りながら身に染みたという感覚があった。何よりプリンスの天才故の孤独、そこからくるアルバム自体の閉じた密室感が堪らない。こういう「間違いない」超大物伝説アーティストは折を見て聴くと当たり前のようにとんでもない音楽に出会えるので有り難みが強い。同時期にハービー・ハンコックやスライ等も聴いていた。そこからブラックミュージックをひたすら掘るっていう方向に行かないところに自分のリスナーとしての狭量さの端緒が見える。


ゆらゆら帝国、GRAPEVINE

次のトピックとしてめちゃくちゃゆらゆら帝国を聞き返した。入ってるサークルの先輩が凄いクオリティーでゆらゆら帝国をカバーしてたのがきっかけ。ライブ盤の「無い!」のノイズ・シューゲイザーとしての気持ち良さに溺れ、これは改めて聴かざるを得ないと確信し、「空洞です」から歴史を遡るように聴いた。ポストパンク、シューゲイザー、パンク、ノイズ、ブラジル音楽、ドリームポップなど広大すぎる音楽アーカイブを換骨奪胎にならない形で調理する様を味わう唯一無二の音楽体験。やっぱりライブ盤が一番いいのでは…となった。坂本慎太郎の新譜もライブを見て改めて聴きたい!


そして2月、とうとうGRAPEVINEと邂逅する。本当に最高のバンド。尖りつつも開けてて、誰が来ようと誰が離れようとお構い無く自分達のやりたいことやってるのにちゃんと刺さるポップネスを保つ。こんな奇跡みたいなバランスで成り立つアーティストを今年聴けて良かった。その後2回ライブ行ったんですけど、「すべてのありふれた光」「光について」を聴けてないので田中さんは早く復活してくれると嬉しい。


ポストロックの錬金術師

Owen、American Football、OWLS、Joan of Arcなどは好んで聴いていたけどその他のキンセラ兄弟参加作は聴いていなかったのでキンセラ兄弟参加作品を聴き漁る。キンセラは「歌モノ王」と呼ばれているらしいけどもThe Love of Everything、Their / They're / Thereを通してその印象がより深まった。兄弟どちらともあらゆる楽器を弾けるようなのだけども、全て楽曲ファーストというか「うた」が軸にあるのが開けている印象を感じさせる。また、エモバンドのメンバーを辿って聴いて最高だったのはMaritimeで、Dismemberment plan×promise ringというアベンジャーズみたいなバンドなのだけど、Dismemberment planの奇天烈ポップな側面が前面に出ていて好きだった。「we've Got to Get Out」のブリッジの「ジャッジャッジャ」って裏打ちがめっちゃそれっぽい。ネイト×ティムキンセラの新バンド・LIESも静かな湖みたいな質感でクッソ最高でしたね


生音エレクトロニカ?

生音エレクトロニカ、というか「アナログな質感」「フォークミュージッックっぽい親密さ」「密室的な音響」「生楽器を素材として使用(聴いてそう思っただけで打ち込みかもしれない)」「グルーヴィーではない」要素を持つ作品をよく聴いていた気がする。蓮沼執太とか森は生きているに通じる要素を演繹法的に抜き出したみたいな作品、という目線でGutevolk、朝日美穂、Broke Back、sam precop、She&Him、Wang Wenを聴いたり、そしてTalk Talkもこの流れだと自然だし、まあ要はフォークトロニカだろということでmum、Four Tet、The Dylan Group、Fridgeとかずっと流しながらレポートとか書いてました。


ピンクフロイドを聴いたり、JAMCの「Honey's Dead」はもうこれマッドチェスター×ギターロックの最高峰だろ、とかインスタで見つけたギタークソうまお姉さんが水中スピカという最高のマスロックバンドをやっているのを見つける、とかもあった。


Tortoise周辺

佐々木敦の本をめっちゃ借りて読んでずっとTortoiseの話をしていたので、聴いてなかった後期の作品とメンバーのソロ作品のカタログを聴いた。Papa M(デヴィッドパヨ)がTortoiseの好きな要素にめちゃくちゃ貢献してるのが驚きだったのと、お前がAerial Mだったんかいという再発見。そしてjeff Parkerとシカゴアンダーグラウンド・カルテットのメンバーが参加しているisotope 217のアルバムを聴いた。BLUE GIANT(漫画)で言っていたジャズのダイナミズムとポストロック的録音がこれ以上なく融合していて感動。Wilcoのネルスクラインも彼らのことを好きらしい。ジェフパーカーの新譜はピッチフォークの年間ベストアルバムに入っていましたね。isotope のライナーノーツに書いてあった60年代のシカゴのフリージャズも少し聴いた。サンラー、オーネット・コールマン(シカゴではないっぽい)、Art Ensemble of Chicagoあたりの実験精神とかリズムへの執着には「すげぇ」となりつつカタログの膨大さに負け撤退。


XTC

XTCにはまる。自分が所属しているサークルはみんなXTCが好きで、自分は「Black Sea」しか聴いたことがなかったので全部とは言わないまでも「Mamer」「Drums and wires」「Skylarking」「English Settlement」「Oranges&Remons」あたりを聴いた。近年のポストパンク勢との共鳴を求めて聴いたわけだが、まずギターが上手すぎるし変なプレイが多すぎる。なのに超ポップ。気持ち悪いのに閉じてない感じが現行のポストパンクと呼ばれてると通じ合っている。まあXTCをポストパンクとは思わないけれども。スタンスとしてはGRAPEVINEに近い気がした。メンバー全員が曲を書ける点も同じ。


シティポップ

「シティポップとは何か」をきっかけに色々所謂シティポップと括られる音源を聴いたのだけど、佐藤博がダントツで気に入った。ネオン街の狂騒と寂れた後の美しい空虚さをジャジーなピアノと生楽器とアンビエンスで完璧に表現している。免許取ったからこれ流して深夜のドライブをしたい。The 1975がサンプリングした「SAY GOODBYE」は山下達郎も参加してるらしい。個人的に昔のDVDのオープニング画面のロゴと同時に流れる音楽みたいな懐かしさを感じた。ニューエイジ。。。本自体は音楽理論や個々の作品批評は控え目で、徹底してメディアやリスナーがどう「シティポップ」という共同幻想を作り上げてきたのかの歴史を辿ることでシティポップは音楽ジャンルではなく概念だと明らかになっていくのがスリリングで興味深い。「虚飾された都市への共同幻想」や「過去の繁栄へのノスタルジー」といった、現実や生活から距離を置いたものをテーマにしているからこそ「シティポップ」は生活の中でBGMや「聴き心地の良いもの」として消費されやすい、みたいな幾重もの倒錯に支えられているジャンルということだろう。


ブラジル音楽

日英米の音楽ばかり聴いている私にとってブラジル音楽はかなり馴染みが無いものだったが、すんなり耳に体に入ってきたのも事実である。ポストロックディスクガイドにおいてポストロックの源流としてマルコスヴァーリ「PREVISAO DO TEMPO」が挙げられていてかなり衝撃を受けた。天から音と声が降ってくる感じがあまりに気持ちが良すぎるし、シューゲイザー聞いている時と同じ感覚になった。溶けて惚けていく。この流れでトロピカリアというムーブメントがあり、MPBがあまりにも豊かなカタログに恵まれたジャンルであり...ということを知った。「トロピカリア」を冠した名盤「Tropicalia Ou Panis Et Circencis」、ビートルズとビーチボーイズの幸福な出会いと言いたいGal Costa「Gal Costa」、ジョアンジルベルト、Jorge Ben Jor、Os Mutantes、Gibert Gil、caetano Veloso、Arthur Verocai...と錚々たるメンツの名盤をひたすら聴いた。身体的なグルーブはありながらも天国の狭間でなっているような神々しさが常に作品の根底にあって聴いているうちに全てがどうでも良くなっていく感覚。そして今年発表されたチリのポストロック/シューゲイザー作品Ninos Del cerroにもその感覚は綿々と継がれている。きっと浅瀬に足を浸している段階でしか無いと思うのだけど、良い作品にたくさん出会えて幸せだった。



この頃までが前期の授業が終わったあたりで、初めてツェッペリンを聴いたり、OGRE YOU ASHOLEを聴きながら10kmくらい散歩したり、なんかめっちゃ楽しんでるな...と振り返って思う。夏休みのトピックはサマソニでしょう。 Primal Scream、kula shakerとか思い入れある出演アーティストばかりだったので聞き返すのがこれ以上なく楽しかった。閑話休題。

ポストロック2

Don Caballeroを聴く。これはやばい。ハードコアから連なるマスロックの源流であり、激情が指先や手先の技術に完全に憑依して楽器を鳴らしている。ライブ映像見ても分かる通り各々がバラバラに感情を発散しているようで結果としてバンドとして美しく纏っている。ライブで見たBlack Midiってこんな感じだった。音源に関してもダブみたいな録音がなされた曲もあり、まさに「ポストロック」である。コーネリアスが思い浮かんだHer Space Holiday、シガーロスとMogwaiの系譜にある気高きインストバンドSaxon Ashore、他にもThis Will Destroy YouやMabyshewillなど若干金太郎飴感を感じつつも興奮しっぱなしだった。また、台湾の漫画「緑の歌」経由で8mm Skyを聴いたり、一時期きのこ帝国のSEで使われたMouse On Keysを聴いたり今年はそういうバンドばっかりでした。そして念願のStiff Sluckにも足を運ぶことができ、American Analog Set、空間現代、soraとか買えたのはライブ以外の今年の夏の1番の思い出です。


Ishmael Ensemble及びブリストルシーン(失敗)

きっかけは忘れてしまったのだけど、ブリストルのマルチアーティスト・Ishmael Ensembleは一時期ずっと聴いていた。生演奏と電子音が絡み合い生まれる暗鬱としたディープなサウンドと演奏者の息遣いまで聞こえるように丁寧に録音されたサックスやトランペットがあまりにも心地よかった。ブリストルと云えばトリップホップの震源地で、ジャズもヒップホップも全部ごちゃ混ぜな超クールタウンという印象があったのだけど、現在のブリストルシーンの概要は上手く掴めなかった。現地のライブイベントのフライヤーやBand Campのタグを使うと月間リスナー3人みたいなアーティストは出てくるんだけど、それは違う気がしてIshmael Ensambleのライブに参加したメンバーのソロ作品を聴く程度に留まった。


ポストテクノ/エレクトロニカ

肉体性を削いだエレクトロニカの中だと「日本の音楽」って雰囲気が無くなるのがおもしれーと思い、でもIDMではないエレクトロニカってそんな知らなくね?と思い1990年代後半から2000年代初頭のインターネットやDTMが生まれた頃の作品を聴いた。SND「stdio」という作品は死ぬほど音が小さくて、聴覚検査か?と思うんだけどその代わり耳を凝らすと心地いいパッド音が脳に直接届くし、仮に耳を凝らさなくても「4:33」的面白さがある。


現行インターネット・エモからポストロック3

5th wave EmoはParannoulの登場で一つ到達点を迎えたような気がするんだけど、このオタクカルチャーからの引用を重ねたジャンルに急に浸りたくなることがある。きっかけはSummer 2000というアーティストに出会ったことで、「心の底から求めていた感じのローファイエモ」と言い切れるくらいで感謝しかない。一曲目のイントロがNever Meant初めて聞いた時の感情を想起させる。そしてその流れでハードコア/ポストロックの始祖であるJune Of 44がレコメンドされ、DTMにはない人間が演奏している故の歪ながら太いリズム隊の逞しさとシャウトの気持ち良さにやられた。CodeineやHiMも同時に聴き、ポストロック〜エレクトロニカの風景とハードコア〜ポストロックの風景の違いに思いを馳せながら結局Slintが1番かっこいいという結論に辿り着いた。


10月に入ると話題の新譜の発売が活発で、Arctic Monkeysを全部聴いたり、The 1975の新作に起因してLCD Soundsystemに改めて食らったりした。あと、学校の文化祭があってその準備であまり音楽を聞ける時間が取れなかった。また、来日公演含めライブの結構行った時期なのでそのアーティストの作品をめっちゃ聴いてた。

冬、ART-SCHOOLとsyrup16g

中学から高校にかけてART-SCHOOLとsyrup16gにやられてしまった人だけが持つあの雰囲気に少しの嫉妬を感じつつ両バンドをいつかいつかちゃんと聴こうと思っていたのだけど、とうとうその時が来た。まずART-SCHOOLはめちゃくちゃかっこいいのは知ってたし普通に聴いてたけど、無くなっちゃった渋谷のC.C.Lemonホールで行われたライブ映像を見て完全にぶん殴られた。トディのギターと直線的にキメキメのグルーブを作るリズム隊が織り成すアンサンブルに乗る木下理樹の不完全さ、それが全体で見るとバンドマジックによって完璧なバンドサウンドとして出力される。グランジとオルタナロックに邦楽のいなたさがエッセンスとして輝く奇跡みたいな2時間に深夜3時くらいに釘付けになっていた。

そしてsyrup16gは「HELL-SEE」をTSUTAYAで借りて一回も聴き通してなかったので、殆んど初聴。衝撃。繰り返しのコード進行の中で混沌のまま光へ向かうように掻き鳴らされるリフ、アルペジオとボーカル五十嵐の憂いと乾きを含むメロディー。耳をよく傾けると呪詛にもなりきらない諦念と絶望が「バクマン。」でいうシリアスな笑いと共に襲ってくる。もう自分語りしかしてないので言いますが、今就活やらなんやらで結構消耗してて、色々クソだなと思いながら生きてるんですが、本当に刺さってしまった。というか単純にSmith+ポリス+NIRVANA+シューゲイザーに吉井和哉的な聴きやすいメロディーを載せる音楽性が私のめちゃくちゃ好きなやつ。「月になって」が好き。鬱ロックというより慢性的な絶望に疲弊している僕らの日常系音楽です。


以上、今年の振り返りでした。すごい恥ずかしいけど5年後に見返してエモくなりそう。年間ベストアルバムとベストライブも書く予定なのでまたお会いしましょう。




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