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カメ男

  これは数年前、狐こと私が、趣味でやっていたコスプレイベントに参加していた時の話。

ある日、私は友人達と大阪のとあるコスプレイベント会場に来ていた。
友人に無理やり連れられコスプレイベントに参加して以来、妙にハマってしまった私は、いつの間にか県をまたいでまで参加してしまうほどコスプレにのめり込んでいた。
その日も親しい友人達と共にイベントに参加するため、朝早くから並び参加チケットを購入し、私は会場に着くと直ぐに控え室へと向かい、コスプレ衣装に着替えた。

夏という事もあり少し露出の高いものだった為、周りの友人達に少々心配されたが、久々のイベント、しかもどうしてもやりたかったキャラだったので、恥ずかしく思いながらも私は会場に向かった。

「狐、あんた気を付けなよ?」

会場へ向かう途中、友人のK子が急にそんな事を言ってきた。

「気をつけるって?」

「カメ男、今日来てるらしいよ」

「えっ……そうなの?」

「さっき知り合いに教えてもらった、狐の衣装ドンピシャだし、前にも被害合ってるでしょ?目付けられないようにね、見掛けたら直ぐ離れて、いい?」

「う、うん……」

カメ男とは、所謂カメコと呼ばれる部類の人達だ。
普段私達は敬意を込めてカメラマンさんと呼んでいるが、中にはマナーの悪いカメラマンさんも居て、声も掛けずに盗撮まがいの事をする人もいる。
極少数ではあるものの、被害に合う子は結構多い、なのでレイヤーはそういった人の事をカメラ小僧、カメコと呼ぶ事がある。
そのカメコの中で特にタチの悪い人がいて、マナー違反は当たり前、ローアングルで撮ろうとしてきたり、しかも写真を勝手にFacebookに上げたりする要注意人物がいるのだ。
仲間内では悪い意味で有名人な為、私達はその人の事をカメ男と呼んでいた。

会場に着くと、私達は他のレイヤーさんとの交流を楽しんだ。
完成度の高い衣装は勉強にもなるし見るのも楽しい。
そうやって話し込んでいると。

「写真いいですか?」

と声を掛けられる。
ポーズを要求される事もあるが、撮って貰える事は有難い事。
人気のあるレイヤーさんになると囲みができ人集りができるほどだ。
私はまだまだヒヨっ子なのでそんな事にはならないが、声を掛けられれば喜んでそれに応じていた。

そんなこんなでイベントに興じていた私は喉が乾いてきた為、飲み物を買って来ると友人に言い残し一度会場を後にした。

水上ステージを横目にジュースを飲んでいた私は、一瞬軽い目眩を覚えた。
炎天下の中、陽の光に当たり過ぎたからだろうか。
私は日陰で涼もうと路地裏に避難することにした。

日陰に入り壁にもたれ掛かる。
襟袖をパタパタとさせながらジュースを口に運ぶ。
その時だった。

パシャっと、シャッター音が聴こえた。
気のせいかもしれないとも思ったが、イベントで撮られ慣れてきたせいか、シャッター音には敏感なため、私は咄嗟に辺りを見回した。

通路に人影はない。
聞き間違いかと振り返ると。

──パシャ

突然のフラッシュに顔をしかめた。
だが直ぐに目の前に視界をやると……いた。
カメラを構え、ポロシャツを着た若い男性。
以前にも見た事がある。

カメ男だ……。

「久しぶり……」

そう言うとカメ男はその場でしゃがみ込みカメラを構えだした。

余りの突然の事に、私はすくみ上がってしまい声すら挙げられなかった。

どうしよう、逃げなきゃ。
思わず反射的に振り返ったその瞬間。

「動くな」

低くい野太い声が背後から聴こえたと同時に、私の身体が突然ピクりとも動かなくなった。
まるでその場で直立不動するかのように固まってしまったのだ。
頭の中がパニックになりそうだった。
指先すら動かせない。

すると、私の横をゆっくり横切るカメ男の姿が視界に映った。
ニヤニヤした目つきで私の真正面に向き直ると。

「久しぶりに撮らせろよ……だいたいお前らそんな格好してるんだからさ、撮られたって文句言えねえだろ……」

背筋が凍りつきそうだった。
叫び声を挙げたくても一言も声が出ない。
カメ男がゆっくりしゃがみ込みカメラを再び構えた瞬間。

「狐~?」

背後から友人の声が聴こえた。

「助けて!!」

私は衝動的に叫んでいた。
声が出る。
私は無我夢中でその場を駆け出し声の方に走った。
視界の先、友人が路地裏に入ってくるのが見える。
私はそのまま勢いよく彼女に抱き着いた。

「ちょ、ど、どうしたの?」

私は泣き出しながら振り向き指を指した。

「あいつ!あい……え?」

カメ男の姿はもうそこには無かった。

その後、探しに来てくれた友人に先程あった出来事を全て話し、私はショックの余りイベント会場から引き上げる事にした。

予め予約していたホテルに戻り、ようやく落ち着いた頃、心配した友人が私の部屋を訪れてくれた。

「大丈夫狐?」

「うん、もう落ち着いたよ……」

「そう、良かった……あ、あのさ」

友人が言いにくそうにしながら私を見た。
何?と聞き返すと、友人が重苦しい口を開く。

「狐、カメ男見たんだよね?」

「うん、前に一度盗撮にあって以来だったけど、間違いなくアイツだったよ、それがどうかしたの?」

「う~ん実はさ、カメ男見たって子がいるじゃない?」

「うん」

「あの後確認したんだけど、やっぱり見間違いかもしれないって……あいつ、先月自殺してるんだよね……」

「え?嘘……」

信じられなかった。
私が見たのは確かにカメ男だ。
アイツも久しぶりと言っていた。
間違いない……間違いない筈なのに……。

「マジみたい……カメ男の事よく知ってるカメラマンさん達が居てね、知り合いと一緒にその人に聞いたの。アイツ色んなイベント出禁になってたみたいでさ、警察にも訴えられてたらしいんだよね、知り合いの子もびっくりしてた」

「そんな筈ないよ!私本当に見たもん!」

「うん……でも実際にカメ男の葬式に行った人もいるのよ……それにほら」

そう言うと、友人はスマホを取り出し画面を見せてくれた。
そこにはカメ男のFacebookであろうものが表示されており、カメ男が亡くなった事、そしてそれを友人達に伝える内容が、親族と名乗る者により書き綴られていた。

もう何が何だか分からなかった。
私は確かに見た。
あれは間違いなくカメ男だ。
なのに先月?
そんな……じゃあ私が見たのは一体……。

更にショックを受けた私は、体調が悪くなりその旨を友人に伝え、その日は早々と休む事にした。

暫くした頃だ。
ドアをノックする音に目を覚ました私は、扉越しに誰かを尋ねると、友人が慌てた様子で開けてと声を掛けてきた。

部屋に招き入れると、友人は青ざめた顔でスマホを取り出してきた。

「これ!これ見て!」

「何?急にどうしたの?」

「いいからこれ!」

友人が私に向かってスマホを突き出してきた。
画面には夕方見せてくれたカメ男のFacebook画面が映っている。

いや、先程見せてくれた内容と少し違っていた。
そしてその内容を目にし、私の動悸が徐々に早くなっていく。
頭から血の気が引き、唇が震えているのが自分でも分かった。
微かに震える指先で画面をスライドさせると、そこにはハッキリと映し出されていた。

昼間の私のコスプレ衣装。
あの路地裏で撮られたものに間違いない。
しかもコメントには……。

『次のイベントが楽しみ……』

そう一言添えられていた。

「嘘……だって亡くなったって……」

「あ、あれから気になって調べてたの……本当は生きてるんじゃないかって、そしたら先月開催されてたコスプレイベントの会場近くで飛び降り自殺があったみたいなの……と、特徴、似てるよね……」

「じゃ、じゃあやっぱり本当に自殺してたの……?で、でもこの写真は!?」

「わ、分かんない……とりあえず明日警察に相談してみよ……」

「う、うん……」

以上が私が体験した話しだ。
翌日、気になってFacebookを見てみると、何故かあの写真もろとも、カメ男のFacebookはアカウント事消されてしまっていた。

あれ以来、私はイベントには参加していない。
コスプレ自体辞めてしまった。
コロナ過でイベント自体参加しずらくなったという理由もあるが、あのコメントがどうしても引っかかっている。

『次のイベントが楽しみ……』

あの言葉が、未だ私の脳裏に焼き付いて離れない……。












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