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『冬至〖バク〗』(ショートショート)

「中央機関室」「犬」『会計委員会からの連絡』「無重力下での限界」『買い出しの人手募集』「人間」『持ち物検査』
私は最後の単語が聞こえると顔を上げた。先ほどまで遠かったクラスメイトの声が、先生の声がすぐそこまで迫ってくる。
世界から音が無くなる。どうしよう、まさか今日あるとは思ってもみなかった。誰も違反していないのになんで。とぐるぐる考えても目前の薄い学生カバンの中に二本の缶が入っているという事実は変える術が無い。
と、後ろから肩を叩かれ弾けるように振り返るとそこには先生…ではなく友人が居た。
「焦りすぎ。かして。バク誤魔化すの下手でしょ。」
熱中症。私の友達で、ちょっとワルい。
教室の音が戻ってきた。唐突の持ち物検査へのブーイングを受けるのに必死で先生はこちらを見ていない。今がチャンスだ。熱中症の言葉に頷くと、鞄の中から巾着を出す。良かった。熱中症が後ろの席で良かった。
おそるおそる渡したそれをさも何も悪いことはしていないかのように机の中に仕舞う。
「ビクビクするからバレるんだよ。こういうのは堂々とやらないと。」
「うん、ありがとう。」
自分の声があまりに頼りなくて情けない気持ちになる。
酒を学校に持ってくるなんて勿論ダメだ。でもそれを流されて「なんとなく」でやっている自分が一番、ダメな気がする。
 
終礼後の掃除を終わらせると、熱中症の待つ屋上に向かう。交代で酒を持ち込んではいるが専ら熱中症しか飲まないので実際のところバクは運ぶ係になっている。酒を美味しいと感じたことはないし、多分アルコールに弱い体質ではないだろうか。なぜ自分が酒を持ってきているのか、これが先生にばれたらどうなるのか分からない。分かることは一つ。酒を持ってきて遊んでいる間、熱中症は嬉しそうな顔をする。ただ、それだけ。
「あれ、バクじゃん?」
「あ…」
目の前にはタンポポがいた。模造紙を多量に抱えていてどこかに行く途中らしい。
「久しぶり、ごめんねぇ話せなくて。」
「いや、全然…忙しいでしょ。」
 私はタンポポの事をずっと周りに自慢し続けると思う。あのね、すごい子が友達にいてね。優しくて、たくさんの人たちの中にも上手く馴染めて、それで生徒会長もやってるんだよ。笑顔が素敵で、こんな私とも仲良くしてくれる大切な友達なんだ。
「最近どう。熱中症とは?あの子自由で大変でしょ。大丈夫?」
………タンポポは私達がお酒を飲んでいるなんて知ったらどう思うだろう。軽蔑するかな、お友達でいられるのかな。
「…なんか、嫌なことあった?」
ずっと黙っていたからだろうか、心配そうにタンポポが覗き込んでくる。
「いや、全然!大丈夫だよ。熱中症も、まぁ大変だけど」
「…そう、何かあったらすぐいいなね、じゃあ!」
文化祭間際で忙しいのだろう、駆け足で廊下の奥に吸い込まれていく。
…熱中症は大変だよ、自由で。振り回されてばっかり。
でも、そんな自由な熱中症と一緒にいられるの、私ぐらいじゃない?
 
 放課後、もう秋も深まりすっかり暗くなった道を歩く。
周りは予備校で忙しそうだが私には関係のない話だった。憧れの大学から内定が出ているから。まだ誰にも言っていない、わたしだけの秘密。…タンポポにだけは言ってもいいかもしれない。私の夢を、認めてくれたから。熱中症が聞いたら、どんな反応するかな。
憧れの自分になれるんだ。ふらふらしたままじゃダメだ。でも、熱中症は私といる時楽しそうだ。言えない。もう、酒を持ってきたくないだなんて。…私は、どうすればいいのだろう。バレてしまったら、どうなるのだろう。
鞄の中に手を入れると指先に冷たく無機質な物が当たる。取り出すまでも無く昼間に買ったチューハイの余りだと分かった。アルコール度数は低く、可愛らしいパッケージのそれは不気味な程に重い。
しんとした住宅街。周りに人が居ないことを確認するとプルトップに指をかけた。気の抜けた音と共に開いたそれは私の指を濡らす。街灯の光だけでは零れた液体が何色なすら分からなかった。
度数もそこまで高くないし。と一人言い訳をするとチューハイを喉に流し込む。甘ったるい炭酸を感じながら、でもやっぱりジュースの方が好きだ。美味しくないよこんなの。
 少し先に自動販売機とゴミ箱が見えた。中に液体が残ったまま捨てる事も考えたが、虫が湧くのではないか、ごみ回収の人が苦労するのではないかと罪悪感だけが厭に心の中に棲みつき足が止まる。知らない他人だとしても嫌悪感を持たれるのが怖い。全員に好かれなくても良い。誰からも嫌われたくない。
 呆気なく軽くなった缶の残りを一気に煽る。ふと見えた夜空のちぎれちぎれになった雲の隙間には星が瞬いていた。
この静かな街に私しかいなかったらどれほど楽だろう。あるのはこの雲と、星と、私だけ。他所の人はこの街の存在すら知らない。私はこの出口のない夜の街で暮らすんだ。
煌々と光っていた星はぼやけて、消えた。
                                    [了]


演劇ユニット みんなぼ¬ち『明けない夜はない』ショートショート
(2020年12月youtube配信演劇)

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