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【読書感想3】『帳簿の世界史』を読んで

概要

 会計の歴史は人間と政治の物語。ローマ帝国のアウグストゥスに始まりルネサンス期のメディチ家・名陶磁器ウェッジウッドの原価計算・フランス革命の背景・『クリスマス・キャロル』の時代等々、そして近代の起こるべくして起きた⁈リーマンショックまで。

 帳簿に着目した、帳簿と共に歩んできた歴史が垣間見える一冊。
 編集部による特別付録で日本版の歴史が補足されてるとこ、美術図版もなるべく挿入されてるとこが私の満足ポイント。

作者:ジェイコブ・ソール
訳者:村井章子
出版:文藝春秋
発行:2015年4月
価格:1,950円+税

感想

 ちょろまかしや怠慢との闘いは(⇒熱血少年漫画風に)まだ始まったばかり!!!だし、期待してたほど会計機能を人はちゃんと扱ってないんだなぁーを実感(笑)
 まぁ何せ我が国の第一線の政治家が帳簿ごまかして裏金作ってのうのうとしてんだから。古い時代なんて推して知るべし。
(とか言ってる私こそ、家計簿つけようと思ったこともない無縁者www)
 「会計責任」や「心の会計」という言葉がたびたび本書で出てくるのは、作者の”本来の機能への期待”の現れなんじゃないかなーと思ったり。
 だって、時の為政者が帳簿を理解していたら破綻的歴史の繰り返しにはならなかっただろうという実例がズラリ。

 でも私がこれを読んでまず思ったのは、帳簿の付け方ひとつでも人類の進化・進歩が実感できるんだなってこと。

 ローマ数字の限界とかごもっとも。だって「DCCCXCIII」の並びが「893」だとか。「複雑な取引が発展し進化するためには新しい数字と新しい会計方式が必要だった」って書いてあって、アラビア数字にありがとう!と心から叫んだよね。
 ローマ数字、暗号すぎるー!これじゃ書き間違えるし読み間違える自信しかないて(笑)
 そして産業革命を迎えたら迎えたで「工場生産に伴って固定資産が大きくなった製造業ではそれに適した会計技術が必要」になったし、ウェッジウッドが生真面目に帳簿をつけて原価を把握して無駄を省いていったからこそ事業拡大に繋がる8章は、とても面白かった。
 経営者としてスゴイ人だったんだなーと尊敬の念。会計主任がお金を勝手に拝借してるのまで自力で帳簿から発見したとか、かっこよー!
 いわゆる減価償却とかただの数字マジックでは?なんて思ってたけど、どう数値を表現してどう評価するか、っていうために大事な仕組みだったんだね。(ふんわりした雑理解)

 スペイン・ハプスブルク王朝やフランス・ブルボン王朝のあたりは、為政者の贅沢(戦争も一種の贅沢だと思う)による破綻が痛々しかった・・・。

 例えばフランス革命の9章とか、会計の力をしっかり見せつけられた印象。
 当時財務長官だったネッケルが今まで謎に包まれていた国家財産を黒字だと公表して、啓蒙姿勢を示して財政改革への批判かわし&外国の金貸し業者の信用を得ようとしたのは、確かに歴史に新たな政治観をもたらしたものだと思う。
 「この出来事で蚊帳の外に置かれていた不運なルイ16世は、自分の臣下が会計の公表によって何を引き起こしたかまったく気づいていなかった(とはいえ、自分の人気が落ちたことは気付いていた)」は本当に皮肉。
 結局、政敵によるネッケル叩きも止まるどころか数字を活用した足の引っ張り合いが泥沼化。
 かの有名なマリー・アントワネットが巻き込まれた首飾り事件は、国家財産を公表した『会計報告』で民衆が物価を理解したことで激化したのかも⁈って思っちゃった。

 民衆はこの時代、日給が15~25スー。庶民向けの普通のパンが7~15スーだったそうで。
 20スーが1リーヴル。
 『会計報告』の経常支出で、兵士への給与:6,520万リーヴルはとりあえずいいとして・・・宮廷費用・王室費:2,570万リーヴル、直轄領の維持費:800万リーヴル。それに対したら道路・橋梁建設:500万リーヴル、パリの警察・証明・清掃:150万リーヴル、貧民救済費:90万リーヴル、王立図書館維持費8万リーヴル、とかケチられ感半端ない。(物価的な配分の影響もあると思いたいけど)
 そしてかのダイヤの首飾りは200万リーヴル(約30億円)!
 フランス人口のたった3%の貴族が富の90%を牛耳ってたって、現代の”格差社会”もビックリの比率ゥ。
 うん、格差がこんなあったら革命の一つや二つ起きたって当然というかなんというか。そして今日の日常ストライキに繋がるのかなぁかの国は・・・。

 そういう当時の物価が帳簿という資料から読み取れるのも、この本の面白いところ。
 中でも、奴隷の値段には目を剥いた。
 人に平気で値段つけるとこんななの⁈というショッキングさ。

 <1386年のイタリアの大商人ダティーニの記録>
 ブタ:3フロリン、乗馬用ウマ:16~20フロリン、女中の年給:10フロリン、女奴隷:50~60フロリン、深紅のマント:80フロリン。
 <1817年のアメリカの大統領ジェファーソンの記録>
 ウマ:120ドル、黒人女ルクレティアと二人の息子およびお腹の子:180ドル。仔牛肉とリーを交換購入。チーズとアイザックを交換購入。

 ヒトって、ウマとか装飾品に比べて本当に価値が低いんですネー。
 まぁ今の私たちだって、お給料を細々と貯めたりしてやっと好きな服とか本とか嗜好品を買ってるから・・・労働や物の価値としてはそんなもんなのかな・・・。
 三食賄い付き制服貸与・有給=遊ぶ暇なんて無いよ!の労働条件だったら、年給が10フロリンでもやっていける・・・のか?

 少なくとも1800年代までは確実に、特にさしたる違和感もなく奴隷という商品の取引記録があるような文化せかいなんだ。と、この実感はけっこーエグかった。
 いや、それを言い出したら臓器売買だって現役だ。

 5章の〆のインパクトも忘れられない。
 逆さ吊り全裸で腹と頭の中身をぶちまけられた惨殺死体の絵画。モノクロの挿絵でも十分に生々しい、ヤン・デ・バエン『デ・ウィット兄弟の私刑』が紹介されていたから。(ネットで追加情報あさったら、カニバリズムの例としても挙がってた。ひぇ)
 行政手腕のある人物でも、戦争疲弊に権力闘争が重なって暴動の犠牲になった的な。
 ただ、ハプスブルク家スペインからの重税対策で生まれた年金だとか、複式簿記の活躍で商業的に成功したオランダの安定力はすごかった。
 江戸時代日本は、しっかり下地レベルの高い国と交易をしてたんだな、と思ったりも。

  同じく美術面でいくと・・・ハンス・メムリンク『最後の審判』の注文主が無一文になったメディチ銀行ブリュージュ支店支配人のポルティナリだとか、ギルランダイオ『フランチェスコ・サセッティと息子テオドロ』のエピソードが紹介されてたり。
 「中世やルネサンス期は会計の負の面を強調する絵が頻繁に描かれたが、18世紀イギリス絵画では、発展中の産業国家として自信が満ち溢れている」だとか、いろいろ挿絵付きなのが嬉しい一冊。
 個人的には大好きホガースも一枚出てきて大喜び~。金銭に対する宗教上の教えとのバランスというのも背景に垣間見えるし。

 他に、
 あのニュートンも株投資で大損してたんだ⁈とかウェッジウッドの孫がダーウィンだし妻とのトランプに興じた時間数やらまで記録してた!とか。
 驚きのネタを仕入れたり。

 近代になるにつれ改善されていくのかと思いきや、アメリカ建国以降だってずーっと雲行き怪しいwww

 終章に至っては「某誌は中国政府が発表する経済統計は”常軌を逸した数字”で信用できないとして掲載しない。中国は会計責任を果たさない超大国なのである」とまで言い切り「中国経済は世界の製造と金融のかなりのパーセンテージを占めている。つまり、世界の製造と金融のかなりの部分が基本的に閉ざされた社会で行われているということだ」って示されたら暗澹たる気分。
 そしてやっぱり我が国の裏金問題が、確定申告シーズン経てうやむやになってるのどーなん⁈ってムカつきも再燃(笑)
 序章の時点ですでに「まるで政府も市民も財政破綻の責任を求めるのはどうせ無理だと考え、あきらめているように見える」と言ってたのが、妙に骨身に染みるわけで。

 あの国の評価には激しく同意するところだけど。
 ふと終章まできて、アレ?世界史と言いながら、アジア圏に触れるのこれだけ??と『帳簿の欧米史』にタイトル変えなよ・・・とちょっとガッカリ。
 でもそしたらホントの巻末に、編集部による『日本版特別付録 帳簿の日本史』で飛鳥時代~明治時代の解説があるので、一定の満足感を得ることが出来ました。(そして日本人やっぱり独自の優秀さwww)

 欧米史や美術を、まるで裏からエピソード付きで覗き見ることができるような興味深い本!でした。

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