かま

物語を読んだり書いたり、のんびりと。

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最近の記事

11月18日

 就職するため東京へ出てきた少女が、今ではどこにでもあるようなカフェでフリーターをしている。  都会への憧れのために、何かの希望を胸にやってきた東京は、想像していた私の未来とはかけ離れていた。  18さい。 「就職先は決まっていたけど、辞めたんです。嫌すぎて、直感でそこには就職したらいけない気がしたんです。でもこの先、何をしたらいいのか分からないんです。正直、不安でいっぱいです」  少女の瞳の奥に、もう一人の震えている彼女の姿が映るような声で言った。  そして彼女はネイルした

    • 9月18日

       台風14号の影響により、下北沢も大雨と嵐のような気配を纏っていた。湿気がすごく、立っているだけで毛穴から汗が噴き出る。ガラス窓の向こうでは、打ちつける雨粒と簡素な傘で打ち勝とうとするかのよう人々が歩いていた。雨音が声を消す。足音を、自動車の音を消す。カップルが足が濡れただの、なんでこんな時に外へ出たのかなど、怒りを露わにした張り裂けるような声はした。それは地面に跳ね返り踊る雨粒の音で聞き返さないといけないぐらいの声量だった。  往来は疎らだった。透明傘ではなく、色のついた傘

      • 7月26日

         小学校の運動場で散水スプリンクラーが水を撒いていた。  大雨が降った後だったために水気の含んだ運動場には水溜りも沢山あった。  学童の子供とスプリンクラーの距離は遠く離れてあり、その振り撒いた水は届かない。子供は長靴を履いた足元をおぼつかせながら歩いて、少しでも二人の距離が近づいたと思った場所を特定し、声を張り上げた。何をやっているんですかと子供が問うと、スプリンクラーの後ろに座っていた男性職員が点検のためだよと答えた。  子供はこの職員の名前も顔も知らなかった。  男性も

        • 7月25日

           畑の頭上に赤い筋をつけた大きな鳥のような物体が風に靡いて動いていた。奇妙な物体は鷲のような翼を広げていて、奇妙に旋回したり翼をたたんで萎んでいたりしていた。萎んでしまったのはいつも無風になったときだった。  一本の杭が畑の真ん中に打ってあった。そしてその杭先に針金を括り付けて物体は風の影響を孕んで動いていた。案山子の要領で害鳥から畑を守っていることも分かった。  夏の風は大いに熱気を纏ってあり、鳥のような物体の赤さがその熱気を吸収して変化しているのではないかとも私は思った。

          6月25日

           早い梅雨明けからの猛暑日。  太陽が沈んで薄暗くなっていく井の頭公園で、外国人の子どもたちがかくれんぼをしていた。  生ぬるい風が粘ついた肌をさらっていく。  青白い肌をした子どもの火照った頬を朧げに見ていた。目の前に過ぎていく、まだ6、7年ほどしか生きていない子の砂利を踏みしめる音が、青葉に遮られた京王井の頭線の最終電車にかき消されていった。  ダックスフンドと一緒に散歩している貴婦人が、ウォーキングしていた貴婦人とたまたま出会う。今年の夏ははやいこと。猛暑日が続くらしい

          6月2日

           静かな快晴。電車内のパネルに映った天気予報では明日から六月らしく雨、曇りが続くらしいとのことだった。まるで今日が終わりを告げるカウントダウンに似た静かで、疲れが蒸発していくような虚脱感が燦々と照りつける太陽の明るさのなかで見えないまでも漂い続けている感じがした。   町の小さな図書館の前のベンチに座って、町の音を聞いていた。六月に入ったばかりの風は、やや煩くて乾いている。自動車と横断歩道を急ぐ自転車の音。急いでもいない、ただそこにあるありふれた景色をかたどったように見つめて

          5月6日

           女子高生のスカートの襞が、隣の座席まで広がっている。茶色がかった無造作に乱れる髪の毛を白いヘッドフォンが包んで抑えている。眠っているのだろうか。足首をくねらせて、やや斜め方向に姿勢を崩している。まるで居間にいるかのように新学期で環境が変わり、長い授業を終えた束の間のソファの上でゆったり寛いでいる姿だった。深い呼吸のために上半身が膨らんでは萎んでいく。夕焼けに燃える浜辺を描いたのだろうか、印象的な色彩のリュックをか細い両腕で抱えていた。そのリュックも電車の揺れ動く一定の速度と

          5月6日

          5月1日

           雨に何度も打たれた上着を捨てようと思う。ナイロンジャケットで、肌寒いときに重宝した服だ。雨の日には悩まず使用した服だった。今日も着た。  しかし脱いでみると、内側の白い生地がぽろぽろと剥がれ落ちていることがわかった。調べてみるとポリウルタンというらしい。また肩の部分も少し日焼けしていて、色が落ちている。そのことにも今になってやっと気づいた。頻繁に服を変える人からすると、もう寿命はとっくに過ぎているから早く捨てればと言うだろう。私もそう思う。しかし、なんだか捨てようと決心する

          4月30日

           女性のショートパンツから伸びた白い足に、直視して見ることができなかったためかもしれない、でもはっきり見ても分からないだろう沢山の模様が描かれていて、その白く滑らかな肌を侵食して蝕んでいくタトゥーは、周りから好奇な目で見られていた。  女性はまた同じような男性と歩いていて、ドメスティックな服装を装い、若者が集う街に堂々とした足取りで歩いていく。なんだか二人は、この街に認められたのかというぐらい胸を張っているので、気持ちがいいのかイタイのかはっきりとはしなかった。  二人が進め

          4月28日

           電車内に一匹の蛾が入り込んだ。クリーム色で少し大きいように思えた。  一号車、いつから入り込んだのかわからないが、私が乗り合わせた時には既に羽をばたばた動かしながら、四方八方行方も知らずに飛んでいた。  座席に座る少年と母親が、飛んでいる蛾に対して注意をひいていた。中継しているように、少年は蛾の飛んでいくところを細かく母親に知らせている。母親は母親で無言の車内にまるで二人だけのように少年の言葉に相槌して、こわいねぇ、もしかしたらこっちにくるかもねぇ、と蛾を煽っているとも捉え

          4月26日

           最寄駅から降りる階段で見かけた若い女性が、私と同じ駐輪場を使っていることが分かった。分かったからどうということでもない。その若い女性は、スマホを耳に当てて誰かと話しながら駐輪場まで歩いていた。豹柄の上着で、タイトなジーンズを履き、ハイカットのブーツを鳴らしていた。金髪の長い髪が強い風にあおられていた。  上りになる歩道から左へ入る道がある。そこを通る九割は、駐輪場を使用している人であって、その女性も左に曲がっていった。警備員に挨拶することもなく、サドルを拭いてもらっている女

          4月25日

           職場に新しく入った人に、あれこれ指示したり効率を考えて行動してほしいとか思うのは、無茶な話である。新人が纏う空気感のなかで、早くその空気を読み取ることのできる新人が、初めは重宝するのだが、長期的に見ると反対にひとつひとつを丁寧に覚えていくほうが役に立ったりもする。まだはじめの方だと、許してやる心がどこからでも湧き出てくる職場では、息をするのもつらいときがある。また自分もその言いくるめられることのできない荒波のような息苦しさに揉まれるのだ。  ああ、これをしてくれれば、ああ、

          4月24日

           長く先の見えないほどに続く線路を女性車掌と一緒に見ている。一号車、運転席のガラス越しに寄りかかり、私は華奢に座って前だけ見つめる女性車掌とその景色を視界に映していた。雨だった。  急行電車、いつもは長い間揺れ動く車内のきまり悪さに居心地を悪くすることもあったのだが、この日はそんな時間を忘れるようであった。一本の長い線路。見晴らしがよく、自動車では味わえない爽快さと遠慮なく運転できる心地よさに陶酔するような線路道だった。  女性車掌の後ろ姿に、今日の社会が窺える。ひとつに結っ

          4月23日

            4月後半、夕暮れ時の風が肌に染みる。自然と瞼が落ちてくるようで、時間はゆっくりと過ぎていく感じがする。遠くのほうで子どもの声が響いて、風に乗って小鳥の囀りも聞こえてくるようだった。待ち侘びたような涼しい風に、熱を持った身体は快く溶けていく。  西の空は雲が薄くかかっていて、疎らに沈む太陽の色をうつしていた。八本の電線が静かに揺れて、つがいの小鳥がひと休みしていた。何かを話しているようで、でも実際は単調に聞こえる高い音だった。主婦同士が会話するようなリズムや声色を窺えないた

          4月22日

           夏のような日差しだった。続いていた雨のために、半袖を着ることを躊躇ってしまったのがいけなかった。結局パーカーを着て外へ出ると、内側が蒸れて汗がだらだらとでた。気温の差が激しく、気温に天気に左右されるために、忙しくもないのに脳内は忙しいと判断してしまい、熱を帯びてしまう。雨だと雨で忌み嫌い、晴れになればなるで暑いと愚痴を言う。ちょうどよさなど、どこにも存在していなくて、自分の気分でどうにかなるはずのことを、楽な方楽な方へと流される弱さが垣間みえる。そうやって日常を過ごしていく

          4月22日

          4月21日

           貯水庫の裏の人通りの少ない歩道の上に、若い男女が座っていた。ガードレールに一台の自転車を立てかけて、雨の降る夜中に二人は話しているようだった。傘をさしていなかった。むろん男女の髪の毛や服も濡れていた。街灯は等間隔に道を照らしていたが、男女はその明かりを避けるように暗い場所に姿をくらましていた。  私は帰路の途中だった。最寄り駅を降りた突如に雨が降ってきたために、半ば気持ちが急いて、視野は狭くなっていた。それでも注意してペダルを踏み進めていた先に、雨にも平然とした態度をとる若