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「CMの話」から見えた青写真。ア式は社会に気づきを与え、大学スポーツの空気を変える。

2018年、ア式蹴球部は大塚製薬・ポカリスエットのCMに出演した。大学でサッカーをする学生たちの本音が、赤裸々に語られたこのCMを見て、共感を覚える体育会の学生やOB・OGも少なくないはずだ。

大学サッカーが抱える様々な課題が、石灰で描かれたグラウンド。
ボールを追い、走りつづけ、汗を流す選手たち。
走れば走るほど、蹴れば蹴るほど、課題は少しずつ消えていく。
その先に、選手たちはどんな景色を見るだろう。

後編ではCM出演の裏側について、プランナーとして制作にも携わった外池監督に話を伺った。そこで浮かび上がってきたのは、外池監督自身が抱く、これまで良しとされてきた、大学サッカーにおける指導に対する違和感だ。現在問題視されている『勝利至上主義』の払拭にも繋がる改革を、外池監督はア式蹴球部から、強い意志を持ってやり遂げようとしている。

あのCMから得た気づきとは?

--外池監督が就任されて以降、いくつかこれまでにない取り組みがありました。そのうちの一つに、ポカリスエットのCM出演が挙げられます。あのCM出演は、どういった経緯で実現したのですか?

就任してから最初のミーティングで、「君たちは何のために大学でサッカーをやっているの?」と問いかけました。そうすると、まだその辺りが曖昧な学生が多くいた。それを受けて、僕の方から「だったら、自分なりに存在意義を明らかにしていく一年にしようよ」と言いました。同時に僕はコンテンツをつくる領域にいるので、「一緒に色々やっていこう」という話もしていました。

そこから学生たちはどこに課題意識を持っているのか、引き続きいろいろと意見を聞いてみました。すると、「注目されていない」とか「発信力がない」とか、発信に対する課題意識もあることがわかってきました。僕はそれを聞いて「そもそも何を発信したいの?」「何を伝えたいの?」「どんなメッセージがあるの?」といったことを、アンケートを使って学生たちに問いかけてみたんです。その解答を読んで、みんな熱い思いとか、モヤモヤした思いとか、僕が想像した以上に色々な思いを持って取り組んでいることがわかりました。そこで「だったら一回、それを全部さらけ出してみようよ」という提案を学生たちにした。それがあのCM出演へと繋がりました。

--「教わるだけのサッカーなんて、大学サッカーじゃない」。そういった強いメッセージ性が込められたCMになっていますよね。

外池大亮
1975年1月29日生まれ。早稲田実業高校から早稲田大学に進学。ア式蹴球部での活躍を経て、97年にベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)に加入。その後は数々のクラブを渡り歩き、33歳となった07シーズンに現役を引退。その後は電通に入社し、5年間の勤務を経てスカパー!に転職。スカパー!で6年目を迎えた18年、早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任。就任初年度でチームを3年ぶりの関東リーグ優勝に導く。就任と同時に開始したTwitterのフォロワー数は、本記事掲載時点で3300人を超える。(@tono_waseda

僕が監督をやるというニュースを聞いた電通時代の仲間たちから激励してもらったときに、「これからの大学スポーツの価値」について会話したのが、一つのキッカケですね。やはり、縁は大切です(笑)。

実際に企画として立ち上がり始めたときから、僕自身も改めて「大学サッカーとは何なのか」ということを突き詰めたり、ブレストをしたりして、たどり着いたのが「大学サッカーってこれまでも色々取り組んではいるけど、結局本音が何なのかは伝わってないよね」ということでした。そこで「学生たちの本音を言葉にして伝えよう」という企画の軸ができ、「学生たちが、自分で自分を問いただしていく」というコンセプトが生まれました。

大学サッカーの良さは、卒業後にどこへ進んでもいいということで、それはサッカー選手になるとしても、就職するとしても、社会は広く待ち構えてくれているということでもあります。そういう状況において「自分は目標に向かって本気で取り組めているのか?」と自問することで、大学サッカーの存在意義を考えるという内容になっています。

それでも、なんとか協力者や賛同者を得て、実際に世の中に出る形になったことは、学生たちのもやもやを減らすことができたという実感もあります。注目度が低いとか発信力がないとか、それは周りや環境のせいにしていただけだったんじゃないのか。自分たちにできることを、やっていなかったんじゃないのか。このCMのように思いを言葉にするだけで、こんなにスッキリして気持ちよくサッカーに向き合える。学生たちが得たそういった気づきを、成果に繋げていってほしいと思っています。

--学生たちが発信していくことへの動機付けにもなったのではないでしょうか?

やっぱり、全体として何かやってみようというときに、最初に「よいしょ!」と動かせる人がいるかどうかは重要だと思います。僕がTwitterを始めたのも、その考えがあるからなんです。学生たちが「いろいろ情報発信したい」と言ってきたときに、普通なら指導者側は「いいじゃんやってみなよ。どんどんやっていこうよ」と言うだけで終わりかもしれない。でも僕は「じゃあ俺がやっちゃうよ。俺は俺でやるよ」といって自分も始めることにしました。そうやって「よいしょ!」と動かすことで、学生たちにとってのきっかけをつくるのが、僕の役割でもあるのかなと思っているので。

--実際にア式の学生たちの発信頻度も増してきています。

学生たちには、インプットのために発信をしてほしいと思っています。内省したり自分自身を見つめ直したりするためには、自分ではない人の声が必要です。自分の思考の言語化に対する跳ね返りがないと、本当の自分なんて見えてこない。跳ね返りが人生におけるキーワードを生むことだってあります。そういう跳ね返りを得るためには、まずは自分がクオリティーの高い発信をしないといけない。そうすることで初めて、必要な情報も集まってくると思っています。

「勝ち負けだけじゃない」という空気を醸成していきたい

--スカパー!では大学サッカー専門番組である『レゾンデートル』を開始したり、ロシアW杯中継に大学サッカーの選手たちが出演する機会をつくったり、ご自身のキャリアを生かした企画も数多くありました。

今年は就任一年目ということもあって、まずは自分に何ができるのか、あらゆる方面に見せていくのも大事だと思っていました。そうやって僕自身を認知してもらわないと、大学や部の垣根を超えていくのは無理ですからね。実際色々やってみたことで、この一年でいろんな大学とネットワークを構築できましたし、認知をしてもらうこともできた。同時に、まだまだやるべきことはたくさんあるということも痛感しました。大学サッカーはテーマが立てやすいというのもあるので、これからもいろいろ提案していきたいです。

--具体的にはどの辺りを変えていきたいですか?

一つの物差しだけで学生たちを評価しようとする空気を変えていきたいです。

僕は中学生の頃から早稲田が大好きでした。ラグビーの全日本選手権で、早稲田が社会人チームの東芝府中に勝った試合を見てから憧れていた。それで早実に入り、大学にも進んだわけです。でも、大学を卒業するときには、早稲田のことが大嫌いになっていたんですよね。

なぜかというと、当時は「理不尽を受け入れるのが早稲田の良さ」みたいな風潮があって、僕はどうしてもその考え方が受け入れられなかったからです。「とにかく自分を追い込んで追い込んで、耐え忍んだ先に見えるものがある」といった価値観が重要視されていた。それこそが体育会の強みとされていたし、企業もそこを評価してくれていたという事実もあります。でも、そうやって体育会がある種の聖域とされていくのが嫌でした。良くも悪くも自主性がないと感じたんです。みんなに横一線の課題や評価基準を与えて、突き詰められた人だけが求められる人材になれる。本当にそうだろうか?って。僕はそれは違うと思ったし、今でもそう思っています。

現役時代も含め、僕が携わってきた約25年の間に、サッカー界は大きく変わりました。サッカー協会が全体の体制をしっかりと整えたことで、若い世代の指導もマニュアルを重視して行われるようになってきています。そうすると、能力は数値化され、物差しが均一化し、それに沿った競争が行われ、結果として似たようなタイプの選手が増えてきた。もちろん、それが一つの成果であることは間違いないし、全体の強化に繋がっているかもしれません。でも、同時にサッカー軸だけで選手を評価する傾向も増してきていると感じます。

ア式のような、大学のサッカー部においても、そうやってサッカー軸の評価だけに着目すべきだという声もありますけど、僕はもっといろんな評価の仕方があってもいいと思うんです。学生たちにとっては、大学だからこそ得られる空気感や刺激があるし、それを得ることで気持ちも変化していきます。そういう成長も評価していかないといけないと思うんです。

極端な話、サッカーで一番になれなかったらダメなのかという話になる。そんなことはないし、そういった評価を続けていては、学生同士の個性のぶつかり合いが生まれてこない。そういうぶつかり合いにこそ、大学でサッカーをやる意味があると思います。だからア式だけでなく、大学サッカーにある『サッカー軸だけで評価する空気』を変えていきたいですね。

※写真=本人提供

--そのために、まずはア式をどういった組織にしていきたいですか?今後の展望を教えてください。

サッカーだけにとどまらず、多くの分野に『日本をリードする存在』を輩出していきたいですし、そのための組織づくりを進めていきたいと考えています。ア式自体も今はまだ、『大学』や『サッカー部』という枠に収まっている部分が多いです。その枠の外へ出ていくために、周りを囲っている壁を自分たちから引き剥がしていきます。同時に、今ないものをどんどん取り入れていくということにもトライしていきたいです。

ただ、それだけではなくて、社会に対して何かしら気づきを与えられる組織でもありたいと思っています。18~22歳という世代は、日本をどんどん元気にしていける世代でもあるし、いろんなことを表現できる世代でもある。「勝ち負けだけじゃない」。そういう空気感を大学サッカー全体に醸成していきたいですし、大学サッカー自体の価値が上がっていけば、大学スポーツ全体にも変化を与えられるかもしれないと思っているので。

卒業生たちが胸を張って「ア式を出ているんだから、これくらいはやれて当然です」と言えるようにしていきたいですよね。チームの中に「そういうつもりでやっていくんだ」という空気を、現役生だけじゃなく、OBの方々や、応援してくださる皆さんも巻き込みながら、つくっていきたいです。

取材・編集=栗村智弘
写真・デザイン=高橋団

前編はこちらからご覧ください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。「大学スポーツの『人それぞれ』を伝え、広がりをつくっていく」という信念を大切に、一つ一つ、発信を積み重ねていきます。