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大人の恋愛小説「恋の匂い」

※こちら↓のYouTubeで朗読しているオリジナル小説です。


 恋の始め方なんて、もう忘れてしまった。
 毎日職場と家の往復。仕事では代わり映えのしない顔ぶればかり。出会いなんてあるはずがない。いや、あったところで若い頃のように世界がキラキラ輝くような、感情がジェットコースターのように激しく乱高下するような、頭がその人でいっぱいになってしまうような恋愛はもうできないだろう。
 なんて考えてみたけれど、はてさて、私はそんな恋愛をしてきたっけな?
 彼氏と別れたのはいつだったっけ?ああ、もう7年も前か。7年…。その年に生まれた赤ん坊は小学生になっているし、夏のオリンピックも2度目がやって来る。そんな期間。
 彼との出会いはさらにその3年前だから、おお、10年前か。10年。若かったなあ。当時私たちは大学の同じゼミの同級生で、同じグループになり仲良くなったんだった。
 背が高くて、少し線が細くて、縁のないメガネがよく似合っていた。そういえば、どうして私は彼に惹かれたんだっけ…?なにせ10年も前のことだからなあ。思い出せるかな…。うーん。

 そうだ。いい匂いがしたんだった。フェロモンではないと思う。焼きたてのパンみたいな、小麦のような、ふわふわの匂いで穏やかな気持ちになったのを思い出した。
 そう、隣に座ってその匂いが漂ってくると、気が抜けちゃうような…
 私が7年も恋をできていないのは、あの匂いを感じなくなったからかもしれないね。だってあの匂いは特別だった。どうして今まで忘れていたのか不思議なくらい。

 匂いから始まる恋なんて、おかしいかな?でも仕方ないよ、本当にそうなんだもん。だもん、だなんて30超えた女が言うセリフじゃないかもしれないけど、言わせてよ。
 男は好意を持ってくれる女の子なら割と誰でも好きになれるっていうけど、女は違うよ。いくら好意を持たれても、好きになれない男は好きになれない。そういうもんじゃない?私の場合は、恋の匂いがしない人は好きにはなれない。それだけ。ただ、それだけ。

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