ライトノベル第四章六話【三人での待ち合わせ】

 いつもの曜日、いつもの時間、いつものスタジオについたのは、予約の時間の一時間も前だった。さすがにそんな時間から使用するのはまずいだろう。相楽さんなら「構わない。」というだろうが、今日は十中八九、詩音不在での練習になる。詩音の顔で優遇してもらえている面がある以上、本人不在ならそれなりの謙虚な心構えでいなくてはいけない。中に入る前に踵を返すと、真後ろに美琴がいた。
「うわあっ、声くらいかけろよ〜美琴。」
「すみません、奏さん。考え事していたので・・・。」
「詩音のことか?」
「はい。連絡、ないですよね? 奏さんのところにも。」
「・・・ああ。」
「本当に大丈夫でしょうか。」
「あれからまだ三日くらいだろう? 三日で答えを出せる内容だったか?」
「・・・いいえ。僕なら悔しくて恥ずかしくて、たぶん、顔を出せないと思います。」
「そうだな〜店長と二人だけならともかく、俺たちがいる前だったからな。」
「あの店長、意地悪すぎです!」
「ん〜、俺の知る限り、悪い噂はないよ。それだけバンドやってるやつらを大事にしているってことだろう? それなのに、俺たちがいる前でダメ出しをしたってことは、見込みがあるからだ。意識されているうちが華。俺たちのように人気商売で食っていこうって思っているなら、無関心でいられるほどつらいことはないってことを知っておくといい。難癖つけてくるようなヤツでも、金払って聞いてくれているなら、大事なお客様だ。俺たちはそういう世界で生きていこうって真剣に挑んでいる。」
 だから、悪く言う人が必ずしも意地悪で言っているわけではない・・・と付け足した。

 しばらくすると律が合流する。いつもなら誰よりも先に来ている律が、待ち合わせの時間ギリギリでの登場だ。心なしか、やつれているようにも見える。
「おまえら、そんなところで、なにやってんだ?」
「なにって、見ればわかるだろう? 早く着きすぎてさ。時間つぶしだ。」
 込み入った話をしていたと知れば、律のことだ、詩音絡みだと察するだろう。律なりに詩音を気にかけているからこそ、考えて気にして気遣って、それでやつれた顔をしている。これ以上、律を深く関わらせたくはない。
「時間潰しなら、近くのカフェにでも行けよ。」
「それもそうだな。なんなら、今から行くか?」
 今の律はやせ我慢をしているはずだ。無理に空元気なところを見せられるのは、正直面倒だ。それを見知った美琴がどうなるか、俺には想像ができない。
「なに言ってるんだ、奏。そろそろ時間だろう? 練習だ、練習!」
「いや〜練習ってツラじゃないだろ、律。ヒドい顔だ。寝ているのか? 食うもん食ってるか?」
「なに言ってんだ、奏はオレのかあちゃんか。」
「あのな〜律。詩音を待っている側としては、その間にぶっ倒られては困るんだよ。いつもと変わらないままで迎えなきゃ、今度は詩音の方が気にする。言葉を飲み込んで、いらん考えになって脳内グルグルで、正常な判断ができるとは思えない。」
「オレは丈夫なだけが取り柄だってことでもないが、健康には自身がある。」
「おまえの自慢はいいんだよ。どれだけひどいツラしているか、鏡でも見てこい。」
 こんなやりとりを数回していると、おろおろとしていた美琴が体を張って俺たちの間に割り込んできた。
「いい加減にしてください、二人とも!」
「美琴?」
 俺と律の声が被さる。
「あの、今日ははっきりと言わせてもらいますけど、律さんの顔は冗談抜きでひどすぎます。そんな顔で詩音さんに会わないでください!」
 これは珍しい。
 美琴が律に意見をしている。
 普段、美琴は律のことが苦手である。その律はなにかと美琴のことを気遣い心配しているが、それがまったく伝わらないどころか怖がらせている。かみ合わない関係は端から見ていると楽しいのだが、こうもはっきりと美琴が主張できるようになると、楽しみのひとつが減ってしまう微妙な心境だ。まさか美琴に意見されると思っていなかった律は目をまん丸にして、美琴のことを見下ろす。体を震わせる美琴だが、今回ばかりはその恐怖心というか苦手意識を克服するかのように、見返す。カバンからなにかを取り出し、律に見せた。それが鏡であるとわかったのは、律がわずかに顔をひきつらせたから。自分の顔を意識して見てない証拠だと俺は思った。
「どうです? ひどいですよね。目の下のクマ、アイラインの失敗ですか? 頬のコケ具合、チークの失敗ですか? 違いますよね? 気づいていないなら、すでにこの状態が日常化しているってことだと思います。」
 俺は律の肩を軽く叩く。
「今回はおまえの完敗だな〜律。それだけ美琴が成長して、俺たちのことも見られるようになったってことで、喜べ。詩音さん詩音さんって犬っころみたいに詩音のあとを追いかけていた美琴が、俺たちのことも気遣っている。あの詩音が、美琴をこのままにしておくと思うか? 俺たちをこのままにしておくと思うか? あいつはそんなに弱くない。だったら、俺たちは心身共に変わらないままでいる義務があると、俺は思う。今日の練習は中止だ。律はとにかく寝ろ。よけいなことは考えずに、頭を休ませろ。」
 さすがの律も今回ばかりは、俺に突っかかる気力もなかったようで、素直に聞き入れてくれた。美琴はいろんな音楽に触れることで見えてくるものもあるかもしれないと、これから行けそうなライブハウスと出演バンドを調べ、俺はそんな美琴のそばで見守ることにした。
 詩音、俺たちはおまえが戻ってくるのを待っている。どんな決断を下しても、おまえの戻る場所であり続けるために、俺たちはその努力は惜しまない。

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