ライトノベル第四章二話【言葉巧みな奏】
「最近の美琴は、自信がついたせいか、音のメリハリがはっきりでていい感じだな。細かい注文にもすぐ対処できる器用さは群を抜いている」
奏が最近の美琴の成長は素晴らしいと語る。それは俺も思っていた。美琴があまりにも簡単に注文通りの音やリズムを出すから、こちらもつい難易度を上げ細かい注文をしてしまう。俺たち四人の初ライブは、美琴にとって人生初のライブ演奏でもある。技術的なものばかり成長させてしまって、果たして本番は大丈夫だろうか。舞い上がる程度ならまだいい、極度の緊張で失神してしまうのではないかと、思わないこともない。美琴ならやってしまいそうなほど、引っ込み思案で自信を持てなさすぎなところがある。俺にも経験がある。
いや、誰だってあるだろう、人生初のライブでの失敗談のひとつやふたつ。緊張で足がすくんだ、声が裏返ってしまった、演奏を間違えたなどなど・・・。それでも持ち直せてしまえるものなのだが、そうでないパターンもある。そうなってしまうと、美琴の今後が気がかりだ。今の自信を持ち続けさせたい。
「なんて顔で美琴を見てるんだ〜詩音。今の美琴なら心配は要らないだろう。詩音のことを尊敬しているあいつが、おまえの足を引っ張るようなことはしないよ〜。むしろ、律の方が問題なんじゃないか〜?」
「律?」
「この前みたいなことは勘弁だからな〜。コミックバンドかって言われた俺の悲しさ、わかる〜?」
どうやら知り合いに言われたらしい。
「律だって何度も同じことはしないんじゃないか?」
「だといいんだけど〜。」
チラッと律を見ると、目が合う。
「なにやってんだ、そこの二人! 時間は無限じゃねーんだぞ! 勝手に休むな!」
「休んでいるわけじゃない。相談しているんだ。」
奏が返すと、
「だったら、オレらにも聞けって! 音楽の要はリズムだぞ!」
と返ってくる。律がバンドのことになるととても真剣に向き合うのは、ここにいる誰もがわかっていることだ。
だが、それがいつもいつもとなるとさすがに・・・と感じないわけではない。どこかに楽しむという気持ちがないとダメだ。俺も最近になって感じられるようになった。昔はそれが当たり前だったはずなのにな・・・。
奏は律の返しにうんざりしたようなため息をこぼし
「いや、そういうんじゃなくてさ〜。相談する=(イコール)音楽って決め付けはやめろよ〜。」
と返す。
「ああ? 今、オレらはバンドの練習中だろうが。それ以外になにがある? 奏もいい加減、その浮ついた向き合い方、どうにかしろよ!」
これはダメな返し方だ、律。
俺にもわかる。
そして今の律はかつての俺の姿と重なる。
「あのな〜律。」
俺はいたたまれなくなり、仲裁に入ろうとした。
が、それを奏が止める。
「詩音は口を出すな。」
「奏?」
「詩音は音楽のことにだけ集中しておけ。」
というと、すぐに律と向き合う。
「律、客観的に判断することも重要なのは、わかるよな?」
「ああ・・・。」
「おまえは熱くなりすぎるのがいいところでもあり、ダメなところでもある。そんなおまえと同等にやり合えるのは俺だけだ。おまえがガチガチな型に嵌めようとするなら、俺はそれを緩める。そういう役割は必要なんだ。誰もが律と同じ目線でものを見ているわけじゃない。まあ、俺が常に不真面目な態度で気に入らないっていうなら、それでもいいが、俺は音楽と不真面目に向き合ったことはない。とくに、詩音と出会ってからはな。律だって、そうだろう? 詩音と出会って変わったことは多いはずだ。美琴も、そうだろう?」
奏が美琴を見る。美琴は少し体を強ばらせたが、しっかりと頷いた。
「それとな、おまえがいつもリズム担当ってことで責任感じて、そして美琴のことを大切に思っているのもわかっている。わかってんだよ、俺も詩音も。で、そういう話を面と向かってされて嬉しいと思うタイプならするし、そうでないならしない。誉め方にしても人によって違うってことだ。」
ムスッとしていた律の顔が紅潮していく。
「な、なんだよ。なんでそういう話になるんだよ。こっぱずかしいだろうが!」
「ほらな。おまえならそうなるんだよ。で、その状態ですぐ練習に切り替えられるか?」
「・・・っ!」
「なんでもかんでも知ろうとするな。必要なら伝える。」
「いや・・・まあ、オレも、知りたがりすぎるって思うことはないこともない。隠されることにビビってるところがあるかもしれない。」
前のバンドのことを言っているのだろう。トラウマのようなものは簡単には克服できない。俺が奏を受け入れ信じるまでに少しの時間がかかったように。これで落ち着いたと判断した俺は、奏より一歩前に出た。
「律、俺は結束力みたいなものが、本当はどういう形であるのが正しいのかがわからないが、今のおまえらと音楽しているのは楽しいし、これから先おまえらとならもっといろんなものを見られる感じがする。つまり、俺の求める音楽を実現するには、奏、律、美琴の協力が必要だってことだ。その気持ちは変わらない。だからついてきてくれと頼むのはダメだろうか?」
「いや、全然いいぜ!」
と律。
「なにを言っているんですか、詩音さん! 僕はいつだって詩音さんについていきますから!」
と美琴。そして奏は黙って俺の肩を叩いた。バンドという形態、俺たち四人がどういう形になるのが正しいのかは手探りなところがあるが、この一件で音のまとまりは格段に上がったと感じた。気持ちをひとつにするのは、なにも形式にこだわる必要はない。
俺の選択は間違ってはいない・・・
やれる、このままで。
ライブは成功する。
想いは自信に繋がり、自信は本気以上の力を発揮してくれる。そう信じて、俺たちは四人でする初ライブを迎えた。
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