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障害がある両親の子供として思うこと

皆さんこんにちは~。最近またコロナが流行ってきていますね。改めて手洗い、うがい、消毒を行い、外行くときはできる限りマスクをしていきましょう(`・ω・´)ゞ

さて、今回は以前からようちゃんが思っていることについてお話していきたいと思います。これはあくまでもようちゃんが思っていることであり、すべての方が当てはまることではないことをご了承ください。

では、マックでダブチーを2つ頼んで合体させたのを食べながらどうぞ( ̄▽ ̄)ボリューム満点


「偉いね~」「すごいね~」「かたいね~(金沢弁でおりこうさんの意味)」「やさしいね~」「うちの子供にも見習ってほしい」

小さいころから必ずと言っていいほど言われてきた言葉である。そんな言葉を聞くたびにようちゃんは

私「えっ、普通のことやのに。」

と戸惑ってしまう。

私の両親はともに障害がある。(父は全盲、母は足に障害がある)。

そのため、母はなかなか買い物等ができなかったため、昔から手伝っていた。

父は盲導犬が来るまでは必ずと言っていいほど自分が誘導していろんな場所に連れて行っていた。

そのたびにこのような言葉をかけられる。別に嫌ではなく、むしろうれしい言葉のはずなのだが、自分はしっくりとこない。それはなぜか?

これは、もともと私がこの環境に生まれてきただけであって、ほかの人がこの環境になれば同じことをするだろうと思っているからだ。

だから、私はもともと優しいから両親の手伝いをしているのではなく、両親ができないから私が手伝っているのである。屁理屈を言っているようで申し訳ないのだが、私はそう思っている。

このような考え方は障害がある家族を持たれている方に聞くと結構共感されることが多い。少なくても自分の周りではそうであった。

人間、ある程度習慣化されてしまえばそれになれてしまう。ようちゃんは特に生まれたころから両親がともに障害を持っていたため、その環境にずっぽり、それはもうずっぽずぽではまってしまっているのである。うん、もう抜けられない(笑)

ただ、このような環境に急になられた方は大変だとようちゃんは思う。

急に失明や手足を失うなどして本人、家族が混乱する。これは当たり前である。そこから元の関係性から新たな関係性を作ることは相当大変である。これは理学療法士としてのようちゃんもそう思う。

これについてはいろいろと話したいことがあるのだが、長くなるので股の機械に・・・いや、ちがった。またの機会にしよう。

結局何が言いたいかというと、『ようちゃんは別にやさしくないし、偉くもない』である。普通に生活しているだけである。

結局は環境であるし、両親はともにいい両親であったため家族中は非常に良好である。なので私は非常に家族のことを自慢に思っている。

こんなことを言うと、えっ、大変じゃないですか?って言われる方がいらっしゃる。うん、大変かもしれんけど、もともとがこれやったからそれほど大変って感じることが少ないのかも。いや、むしろ変態かも‥‥

まぁ、そんなことを考えながら今日も日常生活を送っています。

結論:ようちゃん、たまには考えていますよ(byようちゃん)

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