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クジラおじさんとぼく

 2022年7月9日。メルヴィルの代表作『白鯨』を読破した。

 ただ「ご本をよんだよー☺️」ってだけの話ではあるが、私にとっては大したことだった。だからファースト(?)インプレッションを残しとおこうと思う。

 さて、私が手をかけたのはちょうど一年前、2021年7月3日のことだ。GRAPEVINEのツアーの名古屋公演に参加し、帰りのバスまで時間の余った私は名古屋県の水族館である“名古屋港水族館”へ赴いた。(詳しくは記事を読んでね)

 ここで「鯨ってめっちゃロマンあるじゃん!もっと知りたい😉」と思った私はその足で栄のマルゼンで岩波文庫版を上中下巻と全て揃え、意気揚々とページを開いたのであった。それが苦行の入り口とは知らずに。

 まずは上巻を取り出し並ぶ文字に視線をやる。今乗ってるのは帰路を進む高速バス。名古屋県から松本市までは大体3時間半、こんだけあれば上巻の半分ぐらいまではいけるかな?なんて思いながら本を開きました。すると突如、ガクンッ!!と身体に鋭い衝撃が走りました。

 秋山準のエクスプロイダーをモロに食らったかのような衝撃!!何が起きた!?意識が回復して状況を把握、なんと前の座席の背面に頭をぶつけていたようでした。あの金属製でパカっと手前に開くとドリンクホルダーや簡易テーブルになるやつね。(内容が過去の記事と重複してるので気になる人は以下を読んでね)

 ……完全に寝落ちしていたというわけだ。

 まあとにかくこの小説は読みづらい。世界十大小説に数えられ、アメリカ文学史を代表する作品だと持ち上げられようがなんであろうが読みづらいものは読みづらい。

 なぜ読みづらいか、それはこの物語の圧倒的な脱線頻度のせいだ。少しでも知ってる人はみんな共感できるだろう。細田守の『バケモノの子』やテレビゲーム『メタルギアソリッドV』などで興味を持って手を出したものの難解すぎて撤退した人も多いハズ。

……止まんねえんだ。

 メルヴィルおじさん、鯨の話になると止まらねぇんだ。

 本作の物語は、海を求めて捕鯨船に乗り込んだ青年“イシュメール”が、白鯨に足を食いちぎられたことにより復讐心に燃える船長“エイハブ”の狂気に巻き込まれ、個性豊かな乗組員と運命を共にする。

 それだけのシンプルなストーリーラインなのだが、シナリオの合間合間に著者であるメルヴィルが世界中の文献からかき集めてきた鯨や捕鯨に関する神話や生物学的、宗教学的な解釈に船の構造や神話、自らスケール(メジャー)を当てて測ってきた鯨の寸法に、自分が捕鯨船に乗り込んでいた時の体験談や人伝に聞いた他船のエピソード、ミュージカルかよwって寸劇調のシナリオに、鯨の解剖データをもとにした生態の分析、過去の人間が残した鯨に関する詩のアーカイブス、神話をもとにした鯨と人との考察などバラエティがとんでもない。とんでもないんだこのおじさん。

 割合的にはシナリオ:蘊蓄=28くらいだ。正気とは思えない。物語が少し新展開に入ると「〇〇について語るために、まずは諸君に⬜︎⬜︎に関して△△の事実を説明しておかなければならない」的なノリで突入してくる。そしてそっちの方が本編より長い。

 一応語ってるのは主人公のイシュメールという設定だ。しかし明らかにイシュメールのいない場面でも語るし、一介の鯨取りが知り得ない学術的なこともペラッペラ話す。明らかにメルヴィル本人じゃねえか。

 もう止まらない。誰も頼んでないのに「鯨骨が祀られている寺院にこっそり忍び込んで寸法測っちゃった🤗、読者の君らだけに教えてあげるね❤️」的なサービスもしてくれるし、何がなんでも“鯨は魚だ”と言い張る割には鯨が肺呼吸をすることや恒温動物であることはしっかり理解している。(これに関しては聖書がかかわるので仕方ない部分もある)

 マジで止まらない。シナリオ上でモブの鯨を発見し、捕鯨ボートが出動したかと思えば、「読者の君のために捕鯨ボートの仕組みを教えてあげるね☺️」と知識を披露するし、航海士が鯨肉のステーキを食べ始めたら、美食としての鯨肉に関しての見解を披露する。ドラゴンを退治したことで知られる聖ジョージ(FGO等のゲームで有名か?)がやっつけたのは竜じゃなくて実は鯨に違いない、彼も我々鯨取りの仲間だ😁なんてイキリ自慢話も加わり収拾がつかない。

 でも不思議なことに結構面白いのだ。

 「銛を打ち込んだものの逃げられてしまい、他の船にその鯨を捕まえられてしまった場合、獲物の所有権は誰にあるのか?」なんて疑問に関しても、古代イギリスの法規をもとに解説してくれる。ぶっちゃけそんなのどうでも良いからシナリオを進めてくれよって思うんだが、思ってしまうんだが語り口がなかなか面白いせいで次を読みたくなってしまう。

 マニアックな話がたっぷり出てくるため難解に感じ、秋山準のジャンピングニーを喰らったかのように昏睡(寝落ち)しても、また起きたら読み出したくなる魅力があるのは確かだ。

 全編通して1400ページも交流を続けることになるため、後半に差し掛かる頃には、もうすでにメルおじに対して友情に似た絆を感じてしまう。親戚のおじさんのような感覚だ、話がひたすらに長いし面倒だけど圧倒的な知識と経験を背景に豊富な切り口で鯨について教えてくれるため、ついつい慕ってしまう。なんならこっちからメルヴィルおじさん!教えて!!と頼みたくなってしまう。孫になった気分だよ☺️

😭100年以上前に亡くなってるんだけどね、メルおじ。(日本でいう江戸時代の人間だ)

 おしまい

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