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✦✦vol.9 スマホ一つで自治体を翻弄?〜刑法の守るもの(前編)✦✦

[REN's VIEW〜“その価値”についての考察]
スマホ一つで自治体を翻弄?〜刑法の守るもの


✦リーディング・ケース✦

『銀行口座に誤振込みされたお金を、それと知りながら引き落とす行為は、何罪に当たるか』
このところ報道を賑わせている“4630万円を巡る騒動”を通じて、法学部時代に学んだ刑法のちょっとした論点を久しぶりに思い出した。

現金に触れずに現金(相当の価値)が動く。
“振込み”というバーチャルな財産移転を、被害者の視点から無理にリアルな世界に置き換えてみると、
『間違って生け垣越しに、民家の軒先へ放り込んでしまったお金を、その家の人に持ち去られてしまった様な状況』
になる。

窃盗、横領、はたまた詐欺……?
リアル世界しかなかった明治時代(1908年)に成立・施行された刑法に照らすと、なかなかしっくりとした解決に落ち着いてくれない。
人間の行為を精緻に解析しただけでは、その罪責がしっくりと帰属しない。
テクノロジーが、成立の何かに加担している様な。あの頃いつまでも頭を悩ませた、ほろ苦くも懐かしい不思議な論点……。

✦“帯に短し〜”のパズル✦

科学の世界とは異なり、法律世界においては、社会通念(常識)があり、理があり、そして最後には、結論の妥当性という縛りもある。
素人ながら元大学院生として、この議論の足跡を記憶を頼りに辿ってみた。
刑法論点で巡らされる議論の “ある種の可笑しみすら漂う律儀さ”の醍醐味を、法律に縁のなかった方にも楽しんで頂ければとも思う。

✦窃盗罪(刑法235条)
素直に、誤振込みした財産保有者を被害者と見た場合、口座のお金を引き落とした者に窃盗罪が成立しないかが問題となる。
窃盗罪における『窃取』と言えるには、「他人の財産の占有を自らの支配下に移転させたこと」が必要になるが、勝手に振り込まれて来たのだから占有を移転させる行為はなく、窃取には当たらない。

→財産保有者からは盗んでいない。


✦占有離脱物横領罪(254条)
そこで、成立するのは占有離脱物横領罪ということになる。この罪として典型的なのは、「道端に落ちていたお金を拾って自分のものにしてしまう」様なケースだ。
しかし、占離罪は刑が軽い。
誤振込みという機に乗じてお金を着服している様な悪質さを思えば、ここはより重たい窃盗罪か詐欺罪(246条)で構成したい。

→落ちてた物を拾ったよりは、罪が重いハズだ。


✦被害者の転換
なので犯罪構成を大胆に組み換えて、財産保有者ではなく、預金を預かっていた銀行を被害者として犯罪の成立を検討して行くことになる。

“だが、銀行は被害者なのか?”
財産犯である窃盗罪や詐欺罪の成立を検討するに当たっては、銀行に財産的な『損害』は生じたのかが問題となる。

被害者の財産が減り、加害者の財産が増えた。お金の動きを見る限り、プラス・マイナス0の銀行に損失はないが、望ましくない財産の移転はされたので、それを以って財産上の『損害』はあったと考える。

→払いたくないものを払った銀行も、損をしたと言えるから財産犯の被害者だ。


✦帰結=窓口→詐欺、ATM→窃盗
預金を窓口で下ろせば、受付の人からお金を騙し取ったとして、詐欺罪が成立する。
もっとも、ATMでの引き落としだと詐欺罪は成立しない。
欺罔行為とは人間を騙す行為であり、騙された人間が存在しないので、欺罔行為にはならないからだ。
この場合には、銀行の占有していたATM内のお金を窃取したとして、窃盗罪が成立することになる。

→窓口の受付の人から騙し取った。ATMで、銀行から盗んだ。


可哀想なのは銀行ではなく誤振込みしたお金を取られてしまった人にも思われるが、テクニカルに被害者を置き換えたことによって、悪質さに見合った罪状にはどうにか落ち着けた。

(引き落とさずに、口座から口座へと飛ばしたら? 後編に続く〜)

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野咲 蓮
メッセージ・コンサルタント(人物・企業のリプロデュース) 著書:人間を見つめる希望のAI論(幻冬舎刊)


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