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✦✦vol.6 一つの選択の奥に拡がる “イメージの蓄積”✦✦

[REN's VIEW〜“その価値”についての考察]
一つの選択の奥に拡がる “イメージの蓄積”


✦密かに飽きない楽しみ

プライベートでも仕事でも、人の言葉を聞くのが好きだ。
その人の会話の中にはこれまでの思考の蓄積が潜んでいて、
何か “その奥行き”に想像を膨らませながら楽しんでいる。

それは会話に限られない。人間の選択する事なら、言葉でなくても楽しめる。
例えばお店の内装であったり、自転車好きの人の乗っているマイ・バイクの各パーツであったり、オシャレな人の服装なんかもそうだ。
将棋は、大好きだが才能がないので、棋譜を見ただけではその一手に潜む思考の深さまでは分からない。
一局を指した棋士に照らし合わせて、“さすが〜九段だ!”などと勝手に思って喜んだりしている。
指した手だけからもそういうのが感じ取れたら、もっと楽しいだろうなとは思う。

✦無心の蓄積

愛媛の松山に住んでいた頃、友だちが営んでいる『コバコ(バール・カフェ kobako)』という馴染みのバルがあった。
当時、彼は20代の前半。下積みも短い若き経営者で、年重の人たちからは「まだ早いんじゃないか」などとも言われたらしい。何年かの付き合いがあって、それから僕は街を離れてしまったが、現在も営業している。
店名に相応しく、数名席に仕切られたボックスが幾つかある “いわゆる隠れ家的なお店”で、スタッフの子や常連さんと和みたい時には、並びで飲めるカウンター席(木造り)もある。その空間は、自分の好みの過ごし方を選べる様になっている。

“この雰囲気の空間を作り上げるのに、どれ程のイメージの塗り直しがあったのだろう?”

初めてお店に遊びに行った時は、心地良いカウンター席からの眺めに目を奪われながらそう思った。
カウンターの一段上には色とりどりの瓶が、間接照明の灯りに照らされ柔らかな光沢を放っている。その照明の大きさや間隔にも、それぞれ趣向が凝らされている。灯りの側には種々のドライフラワーが吊るされていたり、天井に近い部分の壁が黒板になっていて、チョークで描かれたイカや魚たちがフワフワと漂う様に泳いでいる。
あの手この手の演出がひしめきながらも、それは一つも目にうるさくない。そして開店したばかりなのに、もう何年もお客さんたちに親しまれてきた様な “不思議な落ち着き”がそこにはあった。

「これって自分でデザインしたって言ってたよね。どのくらい準備したの?」
彼はバスケ部出身で、その種の専門学校などに通っていたわけでもない。仕事ではなくても、ついつい尋ねてしまう。
「昔から空間を考えるのが好きだったんです。お店を始められるずっと前から、気付くといつも想像したりしてましたね」
少し照れた後で、シャイな彼はゆっくりと言葉を紡ぐ様にそう話してくれた。
思考の年季が、空間にも乗り移ったのだろう。良いお店を始められる人の適性とはそういうものなのだなと思った。そしてその種の “愛着に満ちた戯れ”というのは、お客さんにもちゃんと伝わるらしい。路面店でない、小さな階段を上った2階のお店にも関わらず、オープンしたばかりの頃から人気のお店になっていた。

✦近況の便りに

そんな彼から、先日久しぶりに連絡があった。
時短要請は開けてもなかなか人出は戻らず苦心している様だが、これからの飲食店や街のことを思い、密かに着手し始めているプランもあるらしい。
「うまく行くと思いますか?」と尋ねられたので、
「あのお店を始める時と同じくらい想像を働かせたら、きっとうまく行くと思うな」と答えた。

「まずは自分で考え抜いてみますね」
電話越しの声が、少し明るくなった様に感じられた。

イマジネーションに溢れる若い子たちの試みが、今は寂しい繁華街の通りに、再び活気の火を灯してくれる日もきっと来るのではないか。

週末の夜の賑わい。居合わせた何人かで飲みながら、笑ったり語ったりした風景が過った。
“頑張ってほしいな……”
話を終えてからその余韻を味わい、心からそう思った。

野咲 蓮
メッセージ・コンサルタント(人物・企業のリプロデュース) 著書:人間を見つめる希望のAI論(幻冬舎刊)


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