【前編】★『投資本に加えてこの一冊』〜家族で向き合う“資産のベースメント”★
「僕は法学部だったのですが、相続法も含む家族法の分野がとても苦手で、単位を落としてしまった経験があります。
“こんな複雑な法律関係分かるわけないから、その時になったら考えればいいや”と思った苦い記憶が蘇りました。
しかし、やはり“備えあれば憂いなし”という事で、今日は不動産コンサルタントで相続をご専門ともされる佐藤先生に『どういった事前の準備、そして基本的な知識を身に付けておくべきなのか』について、お話を伺えたらと思い楽しみにして来ました。
どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
✦相続財産〜禁じられた話題?
「先生は不動産のコンサルティング、特に相続分野のご相談をたくさん受けて来られたとの事でした。
今回、取材の準備として、“相続ってどうしてる?”と親しい友達などに聞いてみたのですが、『親は話してくれないし、自分からは気まずくて聞けず、従ってどうなっているのか全く分からない』という答えが殆どでした。正直なところ、僕の場合もそれに当てはまります。
みんな気にはなっているけど、実際はなかなか話しづらいテーマですよね」
「確かに、“お金の話はタブー”とされる風潮ってありますよね。相続なんかは、その最たるものかも知れません(苦笑)」
「“親の財産など当てにせずに、自力で稼げる人間に”という規範的価値観も、そこにはある様な気もします。“働けば、おカネは後から付いてくる”という考え方ですね。トレーダーの方の取材などをしていますと、彼らの漏らす実感の様な一言から、“直に”おカネを扱う稼ぎ方に対する世間の冷たい目みたいなものはまだあるんだな、と思うことがあります。投資ブームではありますが、それでも投資というのは、どこか“個人的なマター”なのですね」
「なるほど。まして、“家族でおカネの話なんて”という事ですね。よく分かります(笑い)」
「なので、“そういう壁を乗り越えるにはどうしたら良いのか?”
これが、まずは伺ってみたい質問ということになります」
「素晴らしい前準備をありがとうございます。それに、急所も的確に捉えていると思います。そうですね。それには“段階を踏んで行く”のが良いと思われます」
「“一つの解決策”ではなく段階があるのですね。ぜひ聞かせてください」
✦クリアに→そしてみんなで
「まずは被相続人の方が、資産の全体像を“視える化”するところから始めることを提案したいですね。親の方も子の方もおカネの話をしたがらないというのはあるのですが、お子さんから尋ねるのは、なかなか難しいところもありますよね。やはり、資産を持っておられる方が、それをどの様に遺すのかを計画立てて話してあげるのが良いとは思います」
「“視える化”するというのは、具体的にはどういうことなのでしょうか」
「そもそも、ご本人で状況が分かっていなければ、実は対策も話し合いもできないわけですよね。なので、チャートで分類・羅列するのです。一覧表にして資産を可視化します。
預金がこれくらいあって、ご自宅があって、株の様な有価証券、車、住んでいないけれど誰かに貸している物件、等々です。それらをプラスの財産とマイナスの負債にきちんと分けて書面にして、一目で全体が分かるようにするんです」
「資産を持っている方でも、意外と正確には分かっていないものですか?」
「そうですね。何となくは把握されていても、例えば“500万円の保険には入っているけど、内容はよく分かっていなくて……”とか。それだと、うまく承継するのは難しいですよね。
実際、私たちがクライアントの方から相談を受ける時にも、初回にはこの財産診断を行います」
「お医者さんのする健康診断みたいに、財産状況をきちんと診てあげるわけですね」
「まさしく(笑い)」
「そして、そのチャート化する作業は、自分たちでもできるということですね」
「そうです。そうして、遺されるであろう財産の種類や総量がある程度クリアになったら、今度はそれを“家族で共有する”ことがとても大切です。これが、次のステップということになります。
ご自身どころか“ご家族の資産”となって来ますと、野咲さんの最初のお話にもありました通り、正確な状況は分かっておられない方が大半です。
予期しなかった財産がぽっと唐突に出て来たり、或いは隠れた負債が見つかったりして、それがいよいよ事を複雑にしてしまうのですね」
「先日たまたま心理療法士の河合隼雄先生の本で読んだのですが、欧米人というのは家族で過ごす時間やコミュニケーションをとても重視していて、彼らから見ると、“日本人の方がよほどに個人主義的ではないか”ということになるらしいんですね。相続というのもまさにそれかも知れないなと思いました。家族と言っても、実は決して共通のビジョンを共有しているわけではないんですよね」
「深い洞察ですし、とても的を得ていると思います。家族なのに、それぞれに違った思いや考えがあって、それらが相続の局面で明らかになることはよくあります。その意味でも、チャートで予め客観化して、それを一緒に見ておくことは大切です。
河合隼雄先生のご指摘を受けて少し大袈裟に言えば、『個別化している家族を一つにするきっかけ』になるかも知れません。
少なくとも、期待値や把握のズレから全てがスタートしてしまうのを避けるだけで、かなりスッキリと対処できる様になると思います」
「具体的なおカネの話をする前に、まずは大まかな状況をみんなで把握しておこうということですね」
「おっしゃる通りです」
「チャート作りを始めるとしたら、どのタイミングが良いでしょうか?」
「やはり、早い方が良いですよね。その分だけ対策の時間も落ち着いて取れますから。相談を受けた場合に私たちの提案できる対策は、タイムラインで分類しますと『相続が生じてから/生前対策』という2つに大きく分けられます。
生前対策であれば、遺言による調整や相続税対策など、取れる手段も具体的に多くなります。
私たちの会社では、聞き取りをして、差し当たりの方向性を示す様なアドバイスも行っています。もちろん、家族でどの様に話し合ったらよいかの相談にもお答えします。
“視える化した資産チャート”を持って来て頂ければ前提がクリアですから、例えば一回お試しのご相談であっても、すぐにお力になれると思いますよ」
✦和気あいあいと〜家族でする“これからの話”
「事が顕在化する前に、或いは、“相続という状況が近づいてくる前には話しづらい”という点についてはいかがでしょうか?」
「相続が現実味を帯びてから話すと、生なましくなる。そして、いざ相続が生じてから事に当たると、往々にしてトラブルになるわけです。
そこからしますと、早い段階での話し合いとは、相続の協議ではなく『長い目で見た“家族資産の運用”』という話題くらいに位置づけてみるのが良いかもしれません。“年一行事くらいの気楽さで、継続的に”というイメージです」
「なるほど、年一行事ですか。以前に鰹節などのお出汁のインタビューをしたのですが、そこでは家族の季節行事として、“例えばお正月には、その土地の素材で出汁を取ったお雑煮をみんなで食べよう”という提案がありました」
「それは素敵な提案ですね。であれば、“それとセットにしてみる”というのも一案かもしれませんよ。お雑煮と家族会議。“今から、暗いけど大事な話をするぞ”というよりも、団欒の時を過ごして、一息ついてから、『家族のこれからについてのプランをみんなで話し合おう』みたいな雰囲気になれたら良いと思います」
「お雑煮を美味しく頂いて、資産のチャートをテーブルに広げて(笑い)」
「そうです、そうです(笑い)。和気あいあいと話し合えたら良いですよね。最終決定と思うから、重たくて不吉な感じがしてしまうわけです。
定期的な話し合いを積み重ねていくことが大事なんですね。そうして何度も修整をしながら、みんなで少しずつ馴染んでいくんです」
「いきなり親族の死を契機として、額としては小さくない一族の資産と向き合うから、感情的にもホットになって沸騰してしまうんですね」
「おっしゃる通りです。それに、何度も話し合った末の決定だった方が、納得もしやすいですよね。
この“納得”という感情は、実はとても大切なんですよ」
「同じ額でも、それによって大きく変わるということですか?」
「えぇ。相続は確かに“おカネの話”なのですが、『感情面と経済面』に分けることもできるんです」
「2つめの分類ですね」
「長らくコンサルタントを行なっていますと、分配で得られる具体的な金額の多寡もさる事ながら、実は“感情面の円満の方が大切なのではないか”と、この頃は思う様になりました。いざ、亡くなってみたら思わぬ意見や主張が出てくる。或いは兄弟の奥さんとか、一族の第三者がその時になって色んな事を言い出したり……。
そういう不和がありますと、裁判などには至らなくても、その後の関係に響いてしまったりもするんです」
「長い時間をかけてみんなで話し合っておくことで、そうした不本意なすれ違いは避けることができる。そして個人としての納得は、ひいては“家族の平穏を守る”ことにも繋がるんですね」
「その通りです。ご納得いただけたでしょうか?(笑い)」
「はい。とても納得できました(笑い)」
〜(後編に続く)
■ 佐藤 良久/サトウヨシヒサ
GSRコンサルティング株式会社 代表取締役。
不動産売買仲介300件以上。相続相談対応1,000件以上の実績あり。
現在は複数の会社を経営しながら全国で相続や
不動産のコンサルティング活動を行っている。
©️野咲蓮 2022.03.06