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北の海賊ヴァイキング〜vol.8 『技術力』〜

こんにちは、北欧情報メディアNorrの管理運営兼ライターをやっております、松木蓮です。普段はデンマークの大学院に籍を置きつつも、北欧に関する発信をしています。

今回の連載ブログは、「北の海賊ヴァイキング」と称して、書籍に基づいて彼らの歴史を紐解いていこうと思います。参考文献は「Viking Age: Everyday life during the extraordinary era of the norsemen」です。2019年の夏、ノルウェーの首都オスロにあるヴァイキング船博物館にて購入した一冊です。

今回は、参考文献の第4章「Material Life」より、ヴァイキング時代の「技術力」についてみていきます。

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↑ベルゲン海洋博物館より

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この章では、ヴァイキング時代にどのような技術が使われていたのかを見ていきます。


▼彼らをヴァイキングにした「船」の存在

まずなんと言っても、造船技術の高さは当時ピカイチでした。ヴァイキング時代の象徴とも言えるヴァイキング船の存在が、彼らを海へ導き、(時々略奪)航海、交易を促したというわけです。

一番よく知られ、保存の効いているヴァイキング船はオスロフィヨルドのOseberg(9世紀初頭)とGokstad(9世紀後期〜10世紀初頭)にて見つかっています。これら(に加えてTuneで見つかった船)はオスロのヴァイキング船博物館で展示されています。以下、3艘はいずれもヴァイキング船博物館で見られる当時の船です。

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オーセベリ船(Oseberg)
長さ22m × 幅5m

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ゴクスタ船(Gokstad)
長さ23m × 幅5m

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トゥーネ船(Tune)
(推定)長さ19m × 幅4m

厚板と張り板を重ねた船体がほとんど全てだったと言います。鉄釘で固定し、撥水のためにタール(油)を獣毛に塗ってコーキングもしていました。船体中央から前後にかけて上向きに木が曲げられていて、竜骨(キール)も同じように船首と船尾にかけて曲がっていました。オールの穴も側面に施され、マスト(帆柱)や帆も付けられました。帆はストライプ模様が多かったようで、強度のために二重のウールで作られていました。マストと帆を支える索具(ロープなど)については、明らかにはなっていないようです。イカリは鉄製であることがほとんどで、T字が一般的でした。

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ゴクスタ船(Gokstad)の模型
Source: Wikipedia

オーク材などを使用して作られていました。スカンジナヴィア北部などのオーク材に乏しい地域はパイン材やアッシュ材が代替して使わていました。それぞれの木材はその形状(ひねり具合など)によって使われる場所が決まります。船首や竜骨部分は曲がった木材が好まれ、真っ直ぐ伸びた木材については厚板やマストなどに使われました。

木を切る時は、ノコギリではなく、鉄製のくさびと斧を使いました。上記にある船のようなサイズ(20〜25m)の船を作るときには、11本の木(直径1m;長さ5m)と、竜骨のための長い木(15〜18m)が必要であったとされています。


▼どんな用途で船が作られたのか?

ヴァイキング時代に作られた船は戦闘用から輸送用まで用途が様々でした。

■Warships(戦艦)

なんと言ってもヴァイキングの代名詞にもなってしまっている海賊行為。時として略奪を行っていたようですが、そんなときに戦艦、軍艦が使われました。特徴しては、船の側面に丸っこい盾が積まれていることです。また、中には船首が蛇の形をしているもの(これまた中には船尾が蛇の尻尾のものもあった)もありました。

戦艦の典型とされている船の大きさは小さいもので、「17m × 2.5m(長さ×幅)」20〜30人が乗れる規模です。大きいものになると「28〜29m × 4m」ほどでこちらには40〜50人ほどが乗れたとされています。


■Travel Ships(旅船)

旅船用の船もありました。先ほどのオーセベリ船(Oseberg)やゴクスタ船(Gokstad)は戦艦と同じような特徴も兼ね備えていましたが、おそらく旅船として使われていたとされています。それぞれ少し詳しく見ていきましょう。

オーセベリ船(Oseberg):
船の大きさは「長さ22m × 幅5m」。各側面に15のオール用の穴が確認され、ここから30人ほどが乗っていたと推測されます(大きい船なので1人1つのオールを漕ぐ)。なんと言ってもオーセベリ船の特徴は船体に施された入念な彫刻です。特に船首と船尾が特徴的だとされています。

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続いて、

ゴクスタ船(Gokstad):
大きさは「長さ23m × 幅5m」。ゴクスタ船はオーセベリ船よりも丈夫で航海に適していると言われています。重さは8.5tで、中央のマストは直径30cm、先端が見つかっていないので長さまではわからないそうです。側面に16組のオール用の穴があることから32人が漕いだと考えられます。また、発掘時に64枚の盾も合わせて見つかっていることから、32人が漕いでいる間、残りの半分が休んでいたのではと考えられます(60名以上も乗っていたとするとやや多めかもしれませんね)。

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■Cargo Ships(貨物船)

貨物船はヴァイキング期でも遅れて登場しました。戦艦(Warship)と違う点は、「スピード」「操縦性」の点で劣っていることです。横幅もあり、容量も大きい、重い、その分安定していると言った感じです。乗組員も少なく、舵取り手に加えて、数人の帆を動かす人、それから万一の時のために1〜2人、と言った程度。

船の大きさは2通り言われていて、小さいもので「13.8m × 3.4m」、大きいもので「16.5m × 4.6m」。中には大型のものもあったようで、これらの2倍以上の容量も持つ船がHedeby(現ドイツ北部)にて見つかっています。


■ボート

これまでの船は曲線を描くような船体が特徴でしたが、船底がフラットなタイプもありました。これは現ドイツ(シュレスヴィヒ・ホルシュタイン地方)やスウェーデン、ノルウェーで見つかっていて、おそらくスカンジナヴィア内での水路で使われていたと考えられています。



▼大海を渡った航海技術

これまでヴァイキング船についてまとめてきましたが、これを利用して彼らはどのように航海していたのか?コロンブスよりも500年近くも早く新大陸(北アメリカ)に到達した彼らの操縦技術と航海の仕方に迫ります。

これまでのヴァイキング船のレプリカを元にした実験から、航海のしやすさとそのスピードを加味すると理論上は際限なく移動できたと言います。

1880年に先ほどのゴクスタ船(Gokstad)が発見されてからまもない1893年に、最初のヴァイキング船のレプリカとしてゴクスタ船と同じものが作られました。ノルウェーのベルゲンを出航したこの船は乗組員12名を乗せ、28日後にアメリカのニューファンドランドに到着しました。平均速度は10ノット(時速18〜19km)で、天気が良く波が荒れていなければ12ノット(時速22km)にまで達したと言います。船体のその安定性と耐水性、波への順応性など高く評価されています。

先述の通り、ゴクスタ船は旅船として使われ、主に海岸に沿って航海していました。それでもノルウェーからアメリカ本土までの大海原を十分に公開できるだけのポテンシャルを持っていたということはさすがヴァイキングの技術力と言えそうです。

では、1000年以上昔のアナログの世界を生きた彼らはどのように方向を定め、進路を見出していたのか?

あまり確たる証拠が見つかっていないのですが、いくつか考えられる方法があります。ランドマークを利用して、目印を軸に方向を決めていたというもの。天体の動きを観察して、その位置関係を元に方向を見出していたというもの。特に、太陽の動きや夜間の星の動き(北極星など)です。それから、雲の形の変化や、鳥の飛行パターン、鯨などの海洋動物を観察するというもの。などなどです。

他にも、道具を利用していたということも言われていますが、学者間では議論の余地があるようです。ヴァイキングの歴史や生活を元に作られている「ヴァイキング 〜海の覇者たち〜」では、曇天時に太陽の石(Sunstone)を空に透かして、太陽の位置を確認しているシーンがあったり、太陽の光とそこから生まれる影を利用したコンパスのような道具も登場しています(第6章「学問と教育」でも触れました)。

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©️ヴァイキング 〜海の覇者たち〜



▼陸上の移動手段

これまでご紹介してきたように、ヴァイキングといえば「ヴァイキング船」が有名で、中世の海賊として紹介されることが多いです。それでも彼らは船以外の交通手段で移動もしていたんです。中には、スカンジナヴィアならではのものもありました。

■橋の重要性

陸上移動を比較的に向上させたのは、「橋」の存在だと言います。橋建設についてルーン石碑にも書かれていて、徒歩での移動や馬に乗った移動などで役に立ちました。当時、馬は乗るためだけでなく、牛車のように貨物の役割も果たしていました。オーセベリ船(Oseberg)の発掘時に、車輪付きのワゴンが見つかっています(写真下)。このようなワゴンは当時使われていたとされます。ちなみにこちらのものは車輪が木製であることから祭事(墓場)のために作られたと考えられています。現在の無線通信技術「Bluetooth」の由来になっているデンマーク王Harald Bluetooth(青歯王)は橋建設で有名です。

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■ソリ

北欧ならではの移動手段として、「ソリ」があります。冬場になると、ソリで移動していたとされ、各所で見つかっています。個人の移動手段として使われていたようで木製で作られています。

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■スケート

冬場はソリでの移動の他にスケートで氷上を移動していました。馬や牛の骨を利用して先端が尖った棒状のものを足に装着しました。これにより、前に進むことができたと言います。



▼国を守った城塞

ヴァイキング達は自らの領域を守るために要塞を築きました。有名なのは、デンマーク王Harald Bluetooth(青歯王)です。先述の通り、彼は橋建設でも功績を残しましたが、要塞造りにも貢献しました。ハラルド王以前からも要塞は造られていて、一番古いものは980年にまで遡ると言われています(ちなみに一般的にヴァイキング時代は793年からとされています)。

領地は(主に)芝土で造られた円形の城壁で囲まれ、入口は4箇所ありました。一番大きな要塞はユトランド半島北部のAggersborg(アガースボルグ)という場所にあって、その直径は240mでした。城内は少なくとも12平米の建物を48箇所作れるほどの領地があったとされていて、3000人以上の人々の住まいになっていたとされています(と、文献には記載されていますが、この計算だと一か所に62〜3人が入ることになるので懐疑的です)。

こうした城塞は兵舎やトレーニングキャンプとして使われていたのではなく、王様がその領地を統治し、平和的に治めるためだったとされます。事実、城塞の立地が海沿いや交通の便の良い場所ではなく、内陸にあったことからもそうであると言えます。

城塞以外の防衛手段として、溝を利用したり、海の地形を利用して守っていました。城塞は円形のものがほとんどでしたが、一つ直線で有名なものがあります。デンマークのユトランド半島南部に造られたDanevirke(Defense of Danes)です。ヴァイキング時代に最も反映していた町の一つであるHedeby(へーゼビュー)の近くに造られ、ドイツ人など南からの勢力の侵入を防ぐ目的がありました。

その規模は実に30kmに渡る長さで、高さは3〜6m。Schlei fjord(東)から トレーネ川(西)に延びて、通行不可能な湿地帯にまで続くようになっています。結果として、優れた城壁として機能し、フランク王国との国境線になりました。

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Danevirke
Photo from Joachim Müllerchen

ヘーゼビューとダーネヴィルケの境界遺跡群:
Danevirke(ダーネヴィルケ)はへーゼビューの遺跡とともに世界文化遺産に登録されています。Danevirkeは現在ドイツ領であるため、デンマークではなくドイツの世界文化遺産です。なぜデンマーク領ではないのかについては、第3章の『コラム〜『なぜ、Hedebyはデンマークにないのか?』〜』を参照下さい。


▼この章のまとめ

今回は、ヴァイキング時代の造船やその他交通手段についてまとめました。さすがはヴァイキングと言わんばかりの優れた造船技術と航海技術があったようですね。この章で抑えておきたい事はこれに尽きます。

ヴァイキングはフットワークが軽く、それを可能にした技術力を兼ね備えていた!

漠然としたまとめにはなりますが、細かいことはさておき科学が未発達だった当時から科学に基づいた技術力を培っていたということは覚えておきたいです。

最後に、ヴァイキングの血は現在を生きるスカンジナヴィアの人々にしかと流れています。海運業の世界最大大手はデンマークのMAERSK(マースク)という企業なんです。

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出典:ビジネス+IT

※ちなみに、2021年現在世界1位は中国のCOSCO(コスコ)のようです。最新の順位を掲載しているメディアが見つからなかったので、2014年のものを引用しました。

それでは、またお会いしましょう!
Hejdå!!



参考文献:
Wolf, K. (2013). Viking Age: Everyday life during the extraordinary era of the norsemen. Sterling Publishing.



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