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白と黒の世界(文字について・02)

 今回のタイトルは「白と黒の世界」です。

 私の趣味は辞書を読むことですが、実際には辞書の文字を眺めています。文字や文字列のありようを観察しているのです。

 文字を目にして真っ先に気がつくのは、白と黒だということではないでしょうか?

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 よく見ていると、文字における白と黒では、白と黒の間の濃淡というかグラデーションがないことに気づきます。その点が、たとえば白と黒の濃淡からなる写真と違うと感じています。

 もちろん、書いた文字では筆圧や筆記具の種類によって色の濃淡がありますが、濃淡によってそれぞれの文字の違いが区別されているわけではありません。

 ここでは、書いた文字ではなく、白か黒かの二択で違いが区別される活字を想定しながら、文字の話をして進めていきます。

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 白と黒、白と黒の世界、白と黒しかない世界、白か黒かの世界

 このように言葉を転がしてイメージしてみると、とても珍しい世界に思えてきます。他に例を挙げろと言われても思いつきません。

 強いて挙げれば、駒が白と黒であるボードゲームがありますが、その世界を「白と黒の世界」と呼んでみたところで、今している白と黒による文字の識別の話とは、かなり隔っている気がします。

 いずれにせよ、この文字という「白と黒の世界」にヒトがこれだけ、のめり込んでいるのは事実です。

 なにしろ、ありとあらゆるものが文字にされて投稿・配信・複製・拡散・保存・継承されています。

 宣伝文、広告文、報道文・ニュース、メール、手紙、SNSでのやり取り、経典、聖典、法典、百科事典、辞典、史書、法螺話、夢物語、寝言、年表、文学全集(詩歌・小説・批評)、公文書、私文書、契約書、誓約書、条約、約款、メモ・覚え書き、落書き。

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「白か黒か」が基本となっている文字の世界は、ヒトにとって一種の仮想現実なのではないかと言いたくなります。

 白と黒の仮想現実、白か黒かだけの仮想現実――まったくもって意味不明です。自分で言っておきながら、意味不明だなんて世話ないですけど。

 やっぱり、文字というのは不思議で不気味に感じられます。正体不明なのです。

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 いくら観察しても観察しきれない。どんなによく見ているつもりでも、見逃したり、気づかない。そんなところが文字にはあります。

 目の前にあるのに気づかない、見えているはずなのに見えていない、見ているつもりが見ていない。

 見ていても、必ず何かを見逃す、見損なう・見損じる、見間違う・見誤る、または無意識に無視してしまう。

 目の前にあるのに正体不明――。そうしたところに私は惹かれるのかもしれません。

 文字は「そこにある」のに、その「ありよう」はなかなか目に入らないし、意識にのぼらないのです。

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 前回の「文字の世界(文字について・01)」でも紹介した以下のポスト(旧ツイート)では、猫(cat)という言葉(音声)と文字が、「である」と同時に「ではない」であり「いない」――という、「ありよう」を演じていると言えるでしょう。

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 さっきから「白と黒」とか「白か黒か」と言っていますが、目の前の文字を改めて観察すると、文字は白地に黒で書かれています。それが一般的です。

 ということは、「白と黒」と言うよりも「黒」であり、さらに進めて「単色」とか「一色」と言えそうです。

 それにしても、どうして白地に黒なのでしょう? 

それにしても、どうして白地に黒なのでしょう? 

 あらら。

「単色」と考えれば、黒地に白の文字というケースも網羅できるでしょう。

 とはいえ、文字は白地に黒の文字が一般的です。

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白地に黒の文字という文字は、白地に黒の文字ではないのに、白地に黒の文字と読まれてしまう。

 黒地に白の文字という文字は、黒地に白の文字ではないのに、黒地に白の文字と読まれてしまう。

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 白地に黒の文字ではない白地に黒の文字が、そこにある。
 黒地に白の文字ではない黒地に白の文字が、そこにある。

 冗談はさておき(こういう話は本気でするものではないと私は思います)、文字を文字どおりに取ると、文字のありようは目に入らないようです。

「である」と同時に「ではない」――。「いない」がないのは、「猫」ではなく文字だからです。目の前に「ある」のです。

 猫ではない猫が、そこにいる。
 猫ではない猫が、そこにある。

「いる」と「ある」を区別する日本語が好きです。とはいえ、猫というものと猫という文字を日本語に区別してほしいとは思いません。

 そこに「猫」はあるけれど猫はいない。
 そこに猫はいないが「猫」ならある。

 鉤括弧で事足ります。

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「黒地に白の文字」という文字は、黒地に白の文字ではないのに、黒地に白の文字と読まれてしまう。

 いずれにせよ、文字はそこに「ある」のです。消さない限り、そこにあり続けます。

 ただし、音読したとたん、「ある」が「ない」に転じます。そして、たちまち消えます。言葉(音声)は「白と黒の世界」でも「白地(黒地)に黒(白)の世界」でもないからです。

 そして、音読された文字はと言えば、そこに依然として「ある」のです。消さない限り、そこにあり続けます。「白と黒の世界」はしぶといのです。

 なのに、言葉(音声)の世界と文字の世界は同一視される傾向があります。きっと、教育による学習の成果でしょう。学校教育の目標は、その二つの異なる世界を限りなく一致させることなのですから。

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