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言葉は魔法(言葉は魔法・01)

 言葉は魔法。
 言葉は魔法です。
 言葉は魔法でございます。
 言葉は魔法だ。
 言葉は魔法である。

     *

 こうやって並べると、それぞれずいぶん印象が違うなあと思います。

 私は「です・ます体」で書くときと「だ・である体」で書くときには違った自分を感じます。違った自分がいると言ってもかまいません。軽度の憑依ひょうい(軽度を付けてもおおげさな言葉ですね)を覚えます。

 ようするに、人格が変わる感じがするわけです。いま人格と言いましたが、「人格が変わる」という場合の「人格」が自分かというと、そうも言い切れません。

 どれもが仮面だという気がします。

     *

 自分というのは借り物とかヤドカリではないかと、つねに思っています。書いていると(書いていなくても)、どこかからかやって来るのです。

 何がって、「自分」とかいうやつが、です。「自分」とかいう「何か」でもいいです。

 そして、どこからやって来た「そいつ」が言葉が出るのを助けてくれます。うーんうーんと苦しんでいると助けてくれるのです。まるで助産婦さんみたいに。

 言葉は借り物。

 言葉は助産婦さん。
 言葉は産婆さん。

     *

 着ているものを変えると気持ちが変わりますね。新しい服を身につけたとたんに違った人格になった自分を発見した。そんな経験はありませんか?

 文体を変えると、それに近い気分になることがあります。いつもとは違った書き方を試してみるとか、語尾だけをやさしくしてみるとか、逆に硬くしてみる。

 言葉は着替え。
 言葉は衣替え。
 言葉はお色直し。

 言葉は異装。
 言葉は変装。
 言葉は変奏。

 ある作家、あるいは、noteで気に入った書き手の文章を真似るとか、その「声」を借りてみる。ちょっと気取ってみる。やさぐれてみる。テレビドラマのあるキャラクターになりきってみる。アニメのキャラクターになりすましてみる。

 言葉は声。
 言葉はモノマネ。
 言葉は形態模写。
 言葉はなりきり。
 言葉はなりすまし。

     *

 奇をてらうのもいいでしょう。受けをねらうのも勉強のひとつです。せっかくひとさまに読んでもらうのですから、楽しんでもらいましょうよ。そして、自分も楽しみましょう。

 思い切って、嘘をつくのです(嘘を書くことこそが文章の極意だ、と誰かが言っていた記憶があります、あ、いまのは嘘です、ごめんなさい)。

 あえて風変わりなことを書いたり、誇張してみたり、嘘をついてみたり、事実を脚色するといった行為は、プロアマ関係なく誰もがやっていますね。

 言葉は嘘。
 言葉は誇張。
 言葉は二枚舌。
 言葉は本音を吐かない。
 言葉は脚色。
 言葉は潤色。

     *

 飾りや遊びのない文章は味気ないから読まれない。読んでもらえない。そう自分に言い聞かせて、このさい開き直りましょう。

 自分というラベルを剥がしてみるのです。自分の中にあるはずの知らない小部屋や引き出しに気づいてみるのです。その扉を開けてみましょう。

 べつに嘘つきになれと推奨しているわけではなりません。人と話すときに、自分でも思いがけない内容を口にしてしまったり、なりゆきで普段と違った話し方になることがありませんか?

 いまお話ししているのは、それとも似ています。そう考えると素直な文章なんてあり得ないのかもしれない(素直って何?)。他人の目を意識して書かれない文章はない(自分がすでに他人でもある)。

 誰もが誰かに宛てて書いている。その誰かを変えてみるのです。きょうは、〇〇さんに宛ててメールを書いてみよう、なんて乗りで試すのもいいかもしれません。

 言葉は手紙。
 言葉は宛先。
 言葉は宛先のない手紙。
 言葉はメール。

     *

 話はちょっと飛びます。

 書くことは自分ではないものに身をまかせる行為なのです。自分ではないものとは言葉にほかなりません。

 猫という言葉は猫に似ていますか? それなのに、猫としてつかっているのが猫という言葉です。

 そんなとんでもないものと、人は付きあっているのです。言葉のことです、念のため念を押しますと。

     *

 言葉は誰にとっても借りものであって、代々受け継がれてきた共有物です。誰にとっても、生まれたときに既にあるものです。自分から出たものじゃありません。

 誰もがまわりの人たちを真似ながら言葉を身につけます。生まれたときに既にあった制度でありルールですから、自分ひとりでどうこうできるたぐいのものではありません。

 他人がいて言葉があるのです。自分が口にしたり文字にする言葉は他人との関係で揺れます。ブレます。

 言葉は自分ではないもの。
 言葉はとんでもないもの。
 言葉と言葉が指すものはぜんぜん似ていない別物。
 言葉は外部。

 言葉は共有物。
 言葉は公衆トイレ。
 言葉は関係性。

 言葉はぶれ。
 言葉は揺れ。
 言葉は揺れる。
 言葉は揺りかご。

 言葉はあなたと私のあいだで揺れる。
 あなたと私がいるから言葉が揺れる。

        *

 言葉は魔法。
 言葉は魔法です。
 言葉は、魔法です。

 言葉は魔法ですね。
 言葉は魔法ですよね。
 言葉は魔法でございます。

 言葉は魔法だがね。
 言葉って、ほら魔法じゃないですか。
 言葉が魔法。

 言葉はですね、魔法なんですよ。
 てか、言葉って魔法じゃね?
 言葉は魔法なのだ。

 言葉は魔法っす。
 言葉、それは魔法。
 言葉って魔法じゃない?

 魔法なんだよ、言葉っつうのは。
 魔法さ、言葉はね。
 言葉は魔法なんだってば。

 Words are magic.

 どれひとつとして同じものはありません。少なくとも私には。

 上のフレーズ一つひとつを書き写してみると、違う自分がいて違う相手に向けて書いているのを感じます。

 移りゆくプリズムとしての自分を楽しむことができます。

 言葉はプリズム(prism)。
 言葉はプリズン(prison)。
 言葉はポイズン(poison)。
 言葉はプワゾン(POISON)。

 角柱・三角柱、監獄・牢獄、毒物・毒薬。どれも言えている気がします。

     *

 それにしても日本語の表現の多様さはすごいと思います。たとえば英語だと、「言葉は魔法」に相当する言い方のバリエーションはずっと少ないはずです。

 こうしたレベルでの多様性は、相手との距離の取り方から生じているように思います。相手によって人格がころころ変わるなんて言ったら、言い過ぎでしょうか。

 日本語多重人格説なんて誰かが唱えていそうな気がしたので、"日本語多重人格"と"日本語多重人格説"というふうに、ちゃんと" "でくくって検索してみたのですが、ヒットしませんでした。

 どなたか、このテーマで記事を書いてみませんか。

 日本語は多重人格。
 日本語は多重放送。
 日本語は多重債務。

     *

 振り出しにもどります。

 言葉は魔法。
 言葉は魔法です。
 言葉は魔法でございます。
 言葉は魔法だ。
 言葉は魔法である。

 上の言葉の羅列を見て揺れませんでしたか? 書き写しても楽しめますよ。

 もし、ふらっときたり、くらっとしたり、きりっとしたり、でれーっとなったり、やさしい気分になったり、おらおらという気持ちになったとしたら、何かがやって来たのです。

 言葉は魔法。

 何かがやって来たその機を逃さず、あなたの中にあるテーマでさっそく書いてみませんか。

 嘘でもまことでも何でもかまいません。もちろん短くていいです。読ませてください。

 私にも何かがやって来たので、それに身をまかせてこれから書いてみます。


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