54.肉まん
子どもの時、毎週末 母方の祖父母の家に泊まりに行っていた頃がある。
母方の祖父母はガラス屋さんで、母の弟の哲也も後を継いで一緒に暮らしていた。
わたしは自分の叔父である哲也が、子供の頃から大好きだった。
ぽっちゃり……と言うよりは、ぶってん!と言った感じ。 怒らないでね。
大きなトラックの運転が上手だったり、
ぶてっと黒い手でありながらガラスに綺麗な線をピーと引いたり、
あんなに大きな体なのに声が低くて小さくてごにょごにょ。
笑うと肩が揺れて、髭がじょりじょりしていて、動きがしっとりしていて…?
おばあちゃんが料理をしていると、いつもつまみ食いばかりしていて、
お茶漬けの食べ方のプロで、カニを剥くのがうまくて
いつもセブンスターのたばこの匂いがする。
たまにライターではなくて
マッチでたばこに火をつけるのを、見るのが好きだった。
あとシンプルにデブで面白い。
ごめんな。子供はデブが好きなのだ。
小さい頃のわたしはよく
哲也の大きく膨らんだお腹の上に乗って、きゃあきゃあと纏わりついたので
きっと哲也からは鬱陶しい存在だと思われていただろう。
子供には無愛想なのに、親戚の子供が集まると何故か圧倒的な人気があった。
おそらくトトロ的なポジションだったのだろう。
哲也は優しい。
上に二人姉がいてきっと女心がわかるんだ。
おじいちゃんは亭主関白、頑固一徹、そのうえ短気。
女の子の遊びで爪にピンクを塗った日には「爪が腐るぞ!」と怒られた。
でもわたしはめげないので、よくおじいちゃんと喧嘩した。
そういう時も哲也はあとでこっそり「いい色じゃん」などと慰めてくれた。
わたしの母もおじいちゃんに似て強い人だなあと思うことがあるのだが、
哲也は本当に、柔らかくて(お腹だけじゃなくて)ふんわりしたおじさんなのだ。
ぶってんとしてふんわりとして。
まるで肉まんみたいだ。
わたしには仲のいい姉妹のような存在がいる。
母の妹の子供。従姉妹。女の子2人。
わたしには兄が一人だったので、姉妹に憧れがあって、
長期休みはいつも会えるのが本当に楽しみだった。
我が家は毎年、年末年始は祖父母の家へ親戚が集まるのだが、
二十歳を超えておじいちゃんと日本酒を呑んだ年がとても幸せな思い出。
わたしは19歳で東京に一人暮らしを始めたので
お酒が飲める歳になって、帰省した時
親戚と乾杯することがなんだか不思議で少し恥ずかしい感覚だった。
社会人になって中々、全員が集まる年末を過ごせなくなったが
数年前に、従姉妹とわたし3人が揃った時があり、
「こんなこと滅多にない」と駄々をこねて
哲也のお気に入りの店に連れて行ってもらった。
店主さんは3人も連れてどこの子?と驚いていたけれど、
「姪ですう」と言うと、大笑いしていた。
小上がりに座ると哲也の〝キンミヤ〟の大きなパックの焼酎が運ばれてきた。
パックには、そこでの哲也の呼び名が書かれていたのだが、わたしはもう覚えていない。
こんなに哲也のことが好きなのに、忘れちゃうこともあるのね。
わたしは嬉しくて、哲也のグラスをよーく見ていた。
だんだん酔っ払って、焼酎が濃くなっていただろうなと少し反省している。
帰りは母が車で駅まで迎えに来てくれることになった。
哲也はお酒を作るセンスがないわたしに酔わされて、
店を出た後、いつもより大きな声で笑っていた。
お腹いっぱいなのに、哲也は自動販売機であったかい缶コーヒーを買った。
「もうあんたっち、酔っ払いじゃないのよ」と言いながらも迎えに来てくれた母に
哲也はありがとね。と缶コーヒーを渡していた。
全くそういうところが、ふんわりおじさんなのだ。
2024年は始まったばかり、今年も一生懸命に走る
そうしているうちにきっとまたすぐ、12月がやってくる。
年末は哲也にあの店に連れて行ってもらおう。
キープボトルの名前は〝肉まん〟にかける。
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