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【One Worlder】❻聡はどこから来てどこに行くのか 旅立ち編②

聡はアメリカ人が好きだった。もちろん今でも好きなのだが、あの震災の折の学校の体育館をアメリカの海兵隊さんたちがズボンを捲し上げてボランティアで清掃する姿がいつも思い出される。

みな笑顔だった。深刻な顔をせず、かといってふざけもせず、
泥水をかぶった小学校の体育館全体に淀んで落ちてしまっている深刻さを含んだ汚れた空気さえも、海兵隊の皆さんが、元気に掃除してくれるような明るさがあって、なぜか好感を持てたのだった。上手く言えないがとにかく前に常に行く強さというか、ドーンと落ち込んでる被災地の人間に明るい優しさをアメリカの海兵隊の人たちは周りから眺めているだけの僕たちに与えてくれた。何とかなるよ、という楽観主義の明るさを私たちにプレゼントしてくれた。
海兵さんたちは、泥だらけの体育館をピッカピカにしてくれたあと、その
床に、楽観主義という目に見えない光の塔を建てて、帰っていったのだった。

僕も両親を震災の津波で亡くして、こころ塞いでいたが、その姿を遠くから見て少しうれしくなったことを思い出す。
小学校6年生に上がったばかりの頃だった。。。。。

 いま、ローカル線の松島海岸駅から乗車してきたアメリカ人達もそんな明るさがあった。確かに少し騒がしい会話ではあるのだが、でもそれが聡には心地よく響くのだった。不思議な感覚だった。

 アメリカ人が乗り込んできたドアの隣のドアから乗ってきたおばちゃんが、アメリカ人たちが坐っている席を素通りしてこちらにやってくると、大きなカバンをどっこいしょと聡の隣において、席に座った。空いている席は結構あったのだが、何故かおばちゃんは聡の隣が気に入ったらしかった。
カバンを間に挟んで、そのおばちゃんは、一度アメリカの方々に視線を移したあと、それから聡を見つめてにこにこ笑っている。あの外国の人たちは明るくていいよね?と僕に無言で同意を求めてきているのだ。聡は苦笑して、こっくりと頷いた。
聡が反応したのを見ると、間髪を入れず
「あんさんはどこから来たのすか?」早速そのおばちゃんは聡に話しかけてきた。東北の人たちすべてがそうとは限らないが、特にこの地域のおばちゃん連中は、周りにいるだれもが自分の話を聞いてくれるという前提で、初対面の人にも話しかけてくる。それがローカルのコミュニティの地域特性であり、いいところでもあるのだが、はにかみ屋の聡は、時々そういう地元の見知らぬひとの問いかけに反応しないことが昔からあった。しかしそのおばちゃんの、私は安全だというオーラが聡の心のガードを外した。

「牧野石からです。これから仙台に行くんです」
「おお、牧野石すか!お疲れさんだったなぁ、お兄ちゃんは大学生すか?」
おばちゃんは畳みかけてくる。

「いえ、高校を卒業したばかりで、これからちょっと用事でしばらく東京のほうに行くんです。大学には行きません」聡はあまり突っ込まれるのが嫌だったので、あいまいに返答した。
「あんれまぁ、引っ越しすんのすか?牧野石市の復興住宅に入ればえがったんでねえの?」おばちゃんは本格的な井戸端会議モードになっている。聡はこの地域のおばちゃんたちの特性を知っているので、覚悟して話はじめた。
電車のなかはこのおばちゃんから逃げる場所がない。

「復興住宅に入るには様々な条件があって、ぼくはその対象外だったので、就職活動もかねて、東京にしばらく行く予定です」本当のこともあり、嘘のこともあった。就職活動などするつもりは聡にはない。
「あぁ、条件な。んだな、わけのわかんねぇ条件決めて復興住宅さ入れない人いっぱいいるっていうのは、よぐ聞いでだ。あのしたーずは役所仕事だガラ、融通はさっぱどきかねえがらなぁ」おばさんは頷きながら、カバンの中から塩飴の袋を出して、ひとつ取ると、聡に、あがいん、と言ってよこした。聡はお礼を言っていただくと、包装を取って口に入れた。食べなかったら、また食べないことについてのいくつかの質問が来るのが分かっていたので、すぐにいただいた。そして食べる。これがこの地域の人間関係をスムーズに進める鉄則である。だから聡は尋ねられる前に自分の震災時の状況を簡単に説明すると、おばちゃんは、うん、うん、と頷いてから独り言のように話し始めた。
「牧野石市は被害が大きかったのは、よぐ聴いてるし、何度も行ったごどあるがらわがる。大変だったなや。お見舞い申し上げるごどしかでぎねえげっとね」
 聡はできれば仙台までこのローカル線の海岸の景色をじっくりと確かめながら一人で窓の外をしんみりと眺めていきたかったのだが、覚悟を決めておばちゃんの話を聞く体制になった。実際、この松島海岸一帯だけは大きな津波被害の話は聞いていなかったので、聡もなぜなんだろうと地元の方に聴いてみたいとも思っていた。不思議な思いをしていたのだった。

            ~~③につづく~~


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