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『救いなどない』

『生きて。』
そう放った彼の言葉に、今も尚、縛られている。

好きな人がいたんだ。叶わない恋だけれど、お互いに秘密基地にいるかのように、ひっそりだけれど、確かに愛し合っていた。
誕生日だって、クリスマスだって、お正月だって、関係なくずっと、2人ですごした。
限りある人生を噛み締めるように。温もりを確かめるように。
あの時もそうだった。
一緒に海に行こうと話した。
記念撮影でもして、僕らが生きた証を残そうと。
確かに、生きていたんだと。愛し合っていたんだと。遺すために。

だけども、それは叶わなかった。
十字路の交差点。相手の信号無視。突撃して車。横転する車。
あー、死ぬのかな。そう、思った。

元々、2人は、自殺願望者だった。海で飛ぼうとしたとこで、相手も同じなのだと気づいた。
それからは、意気投合し、沢山話した。身の上話、趣味、色々。
そのうち、もう少しだけ生きて、1年後の今日、まだ死にたいと2人が思ったのなら、心中をしようと。
1年だけの物語。だけど、何よりも。幸せで、楽しくて、充実した1年。

今日は心中する日だった。
どれだけ楽しくとも、死にたいは、消えなかったから。
災難だなと思った。だけど、2人で共にしねるなら、何でも良かった。ホントは、海に飛んで、心中したかったけれど。
これでもいいな。って。

でも、死んだのは、彼だけだった。
何故か、運良く僕は軽傷で。
彼は重症で、その場で命を絶った。
悔しかった、悲しかった。どうして、自分だけが助かったのか。どうして自分がこんな思いをしなきゃ行けないのか。なぜ、自分も死ななかったのか。
そんな思いがこだまする。
意識が遠のく中。彼の声がした。
意識をつなぎとめ、彼の方へゆくと、彼は、言った。
『君は、生きて。』
あー、なんて、なんて残酷な言葉を遺して往くのか。
僕は、守らなければならないではないか。君のその言葉を。
『君は、ずるいなぁ。』
そう呟く。
彼は、緩やかに笑う。『また、会おう。』
そう囁いた。
約束だと、僕が言う。
安心したように眠る彼に誓った。
もう1年。待っていてくれ。と。

犯人は憎い。殺したいほど。
毎晩夢に見るくらいに。
だけど、そんなことをしても、彼は、喜んでくれないと、帰ってこないと。
知っているから何もしない。何も出来ない。
1年は長い。だけれども約束だから。
失った悲しみを背負いながら、この埋まらない心の穴を抱えながら。死んだように。生きている。


9月1日。

僕は海岸の崖にいる。彼と出会った場所に、彼と出会った日に。果たせなかった約束を抱えて、立っている。
『今こそ、約束を果たすときだ。
1年。あれから僕は生きたよ。褒めてくれ。頑張ったんだ。これでも。
生きたよ。だから、だから、笑ってくれ。
僕も笑うから。
今、そちらに往くよ。
君の思い出と共に、心中しよう。
また、会おう。』

そう言うと、飛び降りた。花と、思い出と、僕を添えて。

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