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『飛ぼう。さよならだ。この世界から。』

飛び降りた。
彼女は、目の前で。

あの日、あの時、あの場所で。

僕は、小六の頃、学校の屋上で、飛び降り自殺をしようとした。
三四年の頃いじめられてたから、父親が暴力を振るうから、母親が不倫をしているから、誰も見てくれないから、誰もが死ねと邪魔だと言うから、兄が僕を捨てて死んだから、
そんな在り来りな理由で、飛ぼうとしたんだ。
それを、彼女はとめてくれた。たった一言。
『君は、それでいいの?悔しく、ないの?後悔、しない?』
それだけ、その言葉に、僕は、踏みとどまってしまった。
何故そこにいるのかとか、どうしてここに来れたのかとか、聞きたいことは沢山あったのに。何故か僕は涙が枯れるまで泣き続けた。彼女の胸に縋りながら。
彼女いわく、なんか危うげで気になってあとをつけたら、案の定死のうとしたから、声をかけたのだと。
彼女に聞かれてもないのに、思いの丈を叫んだ。もうどうでもよかった、とにかく今は、何もかもを全て、吐き出したかった。
そうすると、彼女は、『頑張ったね。偉いね。しんどかったね。』それだけを口にした。
それだけで、救われた。掬われたんだ。

それからだ、僕は、俺は、ヒーローになりたいと願った。彼女みたいに、誰かを救えるような。そんなヒーローに。昔から憧れてた、あのヒーローに。
俺は、手の届く範囲は救いたいと守りたいと思った。できる限りのことをした。手を伸ばし続けた。俺だって何かを、誰かを救えるんだと、本気で信じていた。

中学に入ってからはずっとそうやって過ごしてきた。力になれるならなんだってした。彼女にも、他の誰かにも。
俺たちは恋人のような、友人のような距離感で過ごしていた。
夏は海に、冬はスキーに、秋は旅行に、春は、桜見に。
そうやって、流れてゆく季節を2人ですごした。最後の日まで。

あの日、あの時、あの時、あの場所で。

中三の卒業式の日、彼女の様子が変だった。
ふと気づけば彼女の姿はない。
何となく、何となく嫌な予感がして、急いで屋上への階段を駆け上がる。全力で、息が着れるほど。
バァン!勢いよく扉を開ける。
そこには、彼女が笑ってたっていた。
『懐かしいね。屋上。君と初めてであったのも、屋上。こことは違うけれど。ねぇ。君は、幸せだったかい?私はね、君と出会えて幸せだったよ。楽しかったよ。でもさぁ、疲れちゃった。生きるの。君のように家族は拗れてないし、幸せそのもの。いじめだって受けてない。だけど、だけど、疲れたんだ。だから、飛ぼうと思って。私は、後悔ないよ。悔しくもない。これでいいの。だって、もう今が幸せ!だから飛ぶの。幸せなうちに。崩れる前に。私は生きたよ。私の人生を。もう充分。もう、生きてたくない。

もう一度、君に問うよ。君は、それでいいの?悔しくないの?後悔、しない?
生きれているかい?君の人生を。

またね。』

そういうと、彼女は飛び降りた。笑っていた。今までにないほど、綺麗な顔で。

僕は走る、その手を伸ばす。そして叫ぶ。嫌だとやめてくれと。『君がいなきゃ、僕の人生は何も、何も楽しくないんだ!』
後、数ミリ。伸ばした手は、彼女の手を掴むことなく、空を切る。
そう、届かなかった。救えなかった。守れなかった。
何よりも。自分のことよりも。彼女の幸せを、彼女の人生を、彼女の笑顔を守りたいと、救いたいと、幸せになって欲しいと、願っていたのに。
彼は、何も、救えてはいなかった。何も。守れてはいなかった。
誰よりも近くにいたのに、彼女の苦しみに、気がつけなかった。そして、声を、かけることもできなかった。叫んだ想いは空に吸い込まれていった。何も出来なかったんだ。彼は、彼女に。何も。貰ってばかりだった。ヒーローになんて、なれなかったのである。
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。おおよそ声にならない、言葉にならない慟哭。彼は、苦しみに、悲しみに、悔しさに、なんとも言えないこの気持ちを、叫び声で吐き出した。
だけども時は巡る。どれだけ叫ぼうが、絶望しようが、足掻こうが、残酷に、時は巡る。

それからは、自分を自分で封じ込めた。ヒーローになりたいと思う気持ちも。何もかも。閉じ込めた。あの日の思いも、願いも、何もかも全て。自分の檻の中に放り込んで鍵をかけた。二度と、開かないように。
高校に入ってからの彼は、無気力、だった。何に関しても、気持ちが入らなかった。
無力なんだ。人間は。結局、酷く無力なんだ。救えないんだ。人に人は。
それを知ったからだ。
だけども、あの中学の日は充実していたからか、何か足りないからか、満足しないんだ。
何気ない日々に、代わり映えの無い日常に、当たり前のようにすぎてゆく日々に。
彼は、世界の崩壊を望んだ。今すぐ終わらないかと。願うようになった。毎日毎日。
何も変わらないまま、日々はすぎてゆく。何も出来ないまま、日々は巡ってゆく。つまらない、暇な、退屈な日々を。嫌気がさすほどすぎてゆく毎日を。
彼女のいない、この世界で、俺は、生きている。まだのうのうと。伸ばした手なんて届かなかったのに、見てることしか叫ぶことしかできなかったのに、そんな僕が、生きている。後悔なんて沢山ある。なぜ気づけなかったのか、なぜ、なぜ。尽きることのない、彼女への後悔。初めてだった、失いたくなかった、大切だった。手放したくなかった。
『あー、なんてつまらないんだ。彼女のいないこの世界は。いっその事、ここで終わってくれ。』
なんて願いは、また空に吸い込まれてゆく。

あの日、あの時、あの場所で。

俺は今、屋上にいる。
卒業式だ。みなは下で騒いでいる。これからの人生に思いを馳せて。
僕は笑っている。清々しいほどに。
僕の幸せは、君だった。後悔は君だった。
俺は僕に問う。
『君は、それでいいの?悔しくないの?後悔、しない?
生きれているかい?君の人生を。』
僕は答える。
『これでいいんだ。悔しくないよ。後悔ないよ。君と過ごしたあの日々の中で全てが胡散した。君といる思い出が、幸せが、それを塗り替えたから。
後悔は、君に気づけなかった。そして、手が届かなかった。救えない、守れない。ヒーローになれない。君の後すら負えずに今までのうのうと生きたこと。
生きれていたよ。僕の人生を。君と出会ってから初めて。あの3年間だけ、僕は生きていた。
ありがとう。すぐにあとを負えなくてごめん。気づけなくてごめん。また話しをするよ。だから聞いて?君も話してよ。いくらでも聞くから。
今、行くよ。待ってて。
またね。』

彼は飛んだ。飛び降りた。
あの日、あの時、あの場所で。
同じようで違う景色を眺めながら。

『人の本質は悪。人の黒い部分こそ本性だ。だから、見せて遅れ。僕も見せるから。』

これは、希望に、なりきれなかった少年のお話。

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