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春休み (ショート編)

小学4年生の春休み、爺ちゃんの遺骨を先祖代々の墓に納めるため家族で田舎の島に帰った。ぼくたち家族、爺ちゃんと両親、兄、妹そしてぼくは、ぼくが二歳の時に島を出て、それ以来の全員そろっての帰省だった。島では、親戚の家に泊まることになった。その家には、もともとぼくたちが住んでいた。ぼくたちが島を離れる前に、爺ちゃんと両親が相談してその親戚に売った家だった。

その家には5年生、3年生、幼稚園児の三姉妹がいた。長女は長い黒髪で色白のクールビューティーなお姉さん、次女はショートカットで陽焼けした丸顔のくりっとした目の女の子、三女のことはあんまり覚えてないけど、お姉さんたちについて回っていつもきゃっきゃ言っている元気な女の子。
とにかく美人の三姉妹で、ぼくは子供ながらにちょっとテンションが上った。特に次女の愛美ちゃんのことを、ぼくは気に入っていた。愛美ちゃんはぼくと同じ真ん中だからちょっと気が強いけど、正義感が強くて、面倒見がよくて、思いやりがあって気持ちの優しい、はにかんだ笑顔がかわいい子だった。ぼくは、どうにかして愛美ちゃんと仲良くなりたかった。
しかしそれには一つ大きな障害があった。それは、一歳違いのぼくの妹だ。年の近い異性のきょうだいなんてどこもそうだと思うけど、子供の頃、ぼくと妹は毎日のように喧嘩していた。そんな妹と愛美ちゃんは、同い年ということもあってすぐに仲よくなった。妹がいつも一緒にいるから、ぼくは愛美ちゃんに近づくことも、話しかけることもできなかった。もし愛美ちゃんと話しているところを見られでもしたら、ぼくは妹に弱みを握られることになる。
少し気になる子と同じ家で過ごし、ご飯も一緒に食べているのに、ほとんど話すことができない。ぼくの愛美ちゃんへの想いはつのる一方だった。

そんなある日、妹が愛美ちゃんと近所の高台にある神社に行くから、弘樹兄ちゃんも付いて来きて、とぼくを誘った。今日は長女の美佐さんも三女の美咲ちゃんもいないから、わたしと愛美ちゃんと二人だけだと危ないし、弘樹兄ちゃんは頼りないけど、いないよりマシだからと妹は言う。だいたいあの妹がぼくを誘うなんて怪しいし、相変わらず失礼な奴だし、きっと何か企んでいるに違いないとぼくは思った。
しかし、ぼくに断る選択肢はなかった。愛美ちゃんと一緒にいられるし、うまくいけば話ができるかもしれない。

南国の3月は午前11時を回ると少し汗ばむくらいだったが、鬱蒼とした亜熱帯性の草木に覆われたその高台への階段は、思いの外ひんやりしていた。階段を上る途中、妹は突然駆け始め、「私、ちょっと先に行ってるから」と言った。
思いがけず、愛美ちゃんと二人きりになり、ぼくは舞い上がってしまいドギマギして、思うように言葉が出なかった。愛美ちゃんもちょっと緊張している感じで、二人とも何を話しても先が続かず、ただ黙々と階段を上った。

高台のてっぺんに着くと、神社の本殿の前で、妹が待っていた。
神主さんも巫女さんもいない無人の神社で、お参りする人もぼくたち以外にはいなかった。本殿の横の立て札があった。ここには龍神様が祀られていて、龍神様は水の神様だという。漁や航海や旅の安全祈願、豊漁や豊作の成就を祈願するために建てられたとあった。最後に、龍神様はそして縁結びの神様でもあると書かれていた。あまりの偶然、そして半分願いが叶ってしまっていることにびっくりした。ぼくが立て札を読んでいると、すでにお参りを終えた妹が、「ちょっとー、弘樹兄ちゃん、そんなのいいから早くしてよー」と立て札の前に立ちふさがるようにぼくの前に来た。ぼくは慌ててお参りし、龍神様へのお礼と、そしてお願いごとをした。

三人でお参りを終えると、妹が写ルンですを取り出して、「あ、フィルムが 一枚だけ残ってる」と呟いた。そして、思いついたように、「そうだ、撮ってあげるから、2人でそこに並んで」と言った。いきなりで動揺したのと、後で妹にその写真をネタにからかわれるかもしれないと思ったぼくは、「いいよ、ぼくが彩と愛美ちゃん、撮ってあげるよ」と提案した。すると妹は、「私は、この前ここで、愛美ちゃんとは撮ったからいいの」と、あっさりぼくの意見を却下した。前にも来たのにまた今日も来たのかよ、もしかして好きな子でもいるのかとよと、ぼくは妹を勘ぐった。
ぼくと妹のやり取りを見ていた愛美ちゃんが、「私が二人を撮ってあげるよ」と言うと、妹が「ああ、それは無理。愛美ちゃん、せっかくのチャンスじゃん、早く早く」と愛美ちゃんを急かし、「もう、弘樹兄ちゃん、愛美ちゃんが困ってるでしょ!」と怒った。
そう言われて愛美ちゃんを見ると、顔を少し赤らめ俯いていた。ぼくは少し申し訳なさそうなふりをして、妹の言葉に従って、愛美ちゃんの横に立った。
妹が「はい、二人ともこっち見て、弘樹兄ちゃん、顔が怖い、笑って、愛美ちゃんも笑ってー、はい、チーズ」とシャッターを切った。

写真を撮り終えた妹は、「私、トイレ行ってくる」と言って、またぼくと愛美ちゃんを残して、公衆トイレの方へ走っていった。
二人だけで所在なく高台を降りる階段に座り、何を喋っていいかわからず無言でいると、愛美ちゃんから話しかけてくれた。唯一共通の話題である妹のことを話しているうちに、いつの間にか学校やテレビの話で盛り上がった。
木々の葉の合間からキラキラと木漏れ日が差し、たまに吹いてくる海風でかすかに葉擦れの音がするくらいで、本当に静かで二人だけの世界にいるような心地になった。

ふと気づくと、30分も経っていた。妹のことを思い出し、急に心配になった。横で話す愛美ちゃんの言葉が耳に入らなくなった。
ぼくは、「ごめん、彩、全然戻ってこないよね?」と、愛美ちゃんを遮った。愛美ちゃんは、「あ、そうだね。私、見てくる」と言って立ち上がった。ぼくは、「いいから、愛美ちゃんはここで待ってて。何かあったら大人の人を呼んできて」と言うと立ち上がり、トイレへ猛ダッシュして向かい、外から「あーやー!あーやー!」と、妹の名前を大声で叫んだ。何回か叫ぶと、トイレの裏手からひょこっと妹が姿をあらわした。「何してたんだよ!」とぼくが怒鳴ると、妹は「もう、うるさいなあ。あっちのベンチで海見てたのに。あれ、もしかして弘樹兄ちゃん、私のこと心配してくれた?」とぼくをおちょくるように言った。癪だったのと腹が立ったのとで、「心配なんて全然してねえよ!」とぼくが言い、「あっそっ!」と妹が言い返し、いつもの口喧嘩が始まりそうになった。
すると愛美ちゃんが横から、「二人ともごめんね、わたしがお話に夢中になっちゃってたから。弘樹くんって、妹想いの本当にいいお兄さんだね。彩ちゃん、今日は本当にありがとうね」と、言って頭を下げた。ぼくたちより大人の愛美ちゃんの言葉に完全に毒気を抜かれ、二人ともバツが悪くなって喧嘩をやめた。
「あそこから海見ると、本当にきれいなんだよ」と言うと、愛美ちゃんは一人ベンチへ向かった。
「鈍感男!」と妹が言って睨みつけ、ぼくを残して愛美ちゃんを追って行った。心配して逆に怒られ、釈然としない気分でぼくも後に続いた。

そこから望むと、木々の葉の濃い緑の向こうに雲一つ無い青空と紺碧の海が広がっていた。その絶景を見ていると、さっきまで妹と喧嘩していたことなんてどうでもよくなった。
さらに強さを増しつつある陽射しと、海からの涼風を同時に感じながら、しばらく3人で海を見つめていた。
愛美ちゃんが「本当楽しかった。彩ちゃんも弘樹くんもありがとう。もうすぐお昼ご飯だし、そろそろ帰ろっか」と言った。妹が「うん、すごくお腹空いたから、私、先に帰ってるね!」と、また一人で先に階段を駆け降り始めた。そんな妹の背中を見て、ぼくと愛美ちゃんは笑い合った。
愛美ちゃんと二人だけでまた話すことができたぼくは、この時だけは妹に感謝した。
結局、愛美ちゃんとゆっくり話すことができたのはそれきりだった

ぼくたち家族が島から戻った日の翌日、妹が一枚の写真を持ってきて、「これあげる」と言った。写真には、嬉しさ半分困惑半分でぎこちない顔のぼくと、はにかんだ愛美ちゃんが写っていた。ぼくは妹が冷やかしの言葉でも言って来るかと身構えたけど、何も言わずに行ってしまった。
その時、ぼくはハッとした。
あれ以来、ぼくは妹から"鈍感男"と呼ばれている。

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